「初めに、神が天と地を創造した」
聖書箇所:創世記1章1節から2章3節
【真の神は天地の創造主】

「初めに、神が天と地を創造した。」創世記1章1節

聖書は、このことばをもって書き始められています。
このみことばは聖書の土台であり、私たちの人生の土台であると言えるでしょう。

自分の人生、また自分が暮らしているこ世界が、たまたま偶然に何の意味もなく
出来たのか、それとも、愛と恵みに富む神が計画をもって造られたの か、どち
らかを受け入れることによって私たちの人生は大きく変わるでしょう。

われわれはどこから来たのか
われわれは何者か
われわれはどこへ行くのか

これはフランスの画家、ポール・ゴーギャンがタヒチで描いた彼の傑作に付けら
れた題です。人生に疲れ果てた彼の心の底からの問いは、人生には生き る意味
があるのか?でした。これは人間存在の根源的な問いです。人生を支える土台に
関する問いです。

若く、美貌も、力もあり、健康であり、仕事も上手く行っている。そのような浮
き輪につかまっている間、私たちは人生の土台について考えません。
浮き輪といったのは、それらは必ず空気が抜け、しぼむ時が来るからです。
自分を支える確かな、そして決して無くならない土台があるのか?と慌てる前
に、神のことばを人生の揺るがない土台としましょう!

ゴーギャンは人生の土台、意味を求めてタヒチにまで渡りましたが、求めていた
ものは見つからず失望の中に人生を終えました。

しかし「初めに、神が天と地を創造した」、ここに真の神がおられると確信を抱
いた新島襄は彼ばかりでなく、多くの青年に希望を与える人生を送りま した。

人間的な支えはいつかなくなる時が来ます。しかし神とそのことばがなくなるこ
とはありません。

私たちは天地を創造された神、無から有を作り出す創造者を神と信じています。
神には二種類あります。それは人間を造った神と、人間が作った神々、石や木で
出来た偶像の神々です。人間が作った神々を信じなさいなどとは言いま せん。
それらは人間が作ったのですから、人間以下のものです!
なぜそれを信じ、崇める必要があるでしょう。しかし人間を造った神は、信ずべ
きです。
創造主は親の親とも言えるお方、この方を崇め、信じることはすべきことであ
り、正しいことだといえるのです。

【光よ。あれ。】

「地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上
を動いていた。そのとき、神が『光よ。あれ。』と仰せられた。すると 光がで
きた。」創1章2.3節

私たちが信ずる神は創造主であり、三位一体の神です。キリスト教異端と言われ
るエホバの証人やモルモン教は三位一体を否定します。聖書を神のこと ばと信
じるイスラム教も三位一体を否定します。聖書に、そのようなことは書いていな
いというのです。
確かに「三位一体」という神学用語は出てきません。しかし、この2.3節はまさ
に三位一体の神による創造が書かれています。

「光よ。あれ。」と創造のことばを語られる父なる神、そして語られたことばで
ある神、御子イエス・キリスト、語られたことばを受け止め、それを形 作らる
神の霊、聖霊。
この三つにして一つの神が天地を創造されました。

「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。
この方は、初めに神とともにおられた。すべてのものは、この方によって造られ
た。造られたもので、この方によらずにできたものは一つもない。」ヨ ハネ1章
1-3節

ことばである神、これは明確にイエス・キリストを指しています。

「御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた
方です。
なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。天にあるもの、地にあるも
の、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて 御子
によって造られたのです。万物は、御子によって造られ、御子のために造られた
のです。御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り 立っていま
す。」コロサイ1章15-17節

イエスという人が努力して、正しいことをして救い主キリスト、神と崇められる
ようになったと考える人がいます。しかし聖書はそのように教えていま せん。
全く逆のことを伝えています。それは、創造主である神が、人間の救いのために
人となられたのです!イエス・キリストは人が神となったのではなく、 神が人
となられたのです。だから私たちを救うことが出来、全く新しい人生と、性質を
与えることが出来るのです。

創造主であるイエス・キリストに出会う時、私たちは救われ、永遠を神とともに
生きるものへと新しく造られるのです!
【ことばによる創造】

神は六日で天と地と、それに満ちる全てのものを創造されました。
この一日が、二十四時間を指すのか、それとも、もっと長い年代を表すのかは神
学者の間でも議論のあるところです。また進化論とどちらが正しいのか などの
活発な議論もされていますが、大切なのは、この聖書箇所は私たちに何を伝えよ
うとしているのかを明らかにすることです。

神は、ことばによって万物を造られたと記されています。
このことばとは、神のひとり子であるイエス・キリストを指しています。
そして神が語られることばは、必ず実現する!必ず成就する!のです。
神のことばは必ず成る、これが信仰の土台です。

天地が神のことばによって造られたように、聖書を通して語られている神のこと
ばも、同じように実現する!これが私たちの信仰の土台なのです。

私たちは聖書に記されている神のことばなしに、神を信じることは出来ません。
神を信じるとは、神のことばを信じることなのです。

聖書に記されている神のことば、神の約束は歴史の中で実現しました。
イスラエルの歴史を知るなら、驚くほどの正確さをもって神のことばが実現して
いることを知ります。南ユダ王国の七〇年に渡る捕囚、クロスと言われ る王に
よって捕囚から開放されること、再びイスラエルに帰ること。救い主キリストの
到来。再びエルサレムが外国人に踏みにじられること。しかし再 びユダヤ人が
パレスチナの地に戻ってくること。
事実、やく千九百年後の一九四八年にユダヤ人はパレスチナの地にイスラエル共
和国を建国するに至ったのです。神のことばは今日でも実現しているの です!

この同じ神が、私たちにも希望と励ましのことば、約束のことばを語っておられ
るのです。

「光よ。あれ。」と言われた神は、失望、悲しみ、不安の中にも光を灯すことの
お出来になる方です。神のことばの中に、希望の光を見出しましょう。

【計画と秩序ある創造】

神は天と地とそれに満ちるものを六日間で創造されました。
創造のことばを語り、区分され、名を付けられる。これらは神の創造が計画を持
ち、秩序があること、何一つとして無駄なもの、不必要な物がないこと を教え
ています。

私たちが住んでいる太陽系を考えても、決して惑星の配置はデタラメではありま
せん。
地球が金星の位置にあったら、生物は住めない程の高温です。
また火星の位置にあったら寒くて、住めなかったでしょう。決して偶然ではあり
ません。
地球は太陽との絶妙な距離に置かれているのです。地球の大きさも計算されてい
ます。
もし地球が火星の大きさだったら、重力が強くなり、生物はその重力に耐えるた
め強い骨格と筋肉が必要になるそうです。人間はみな熊やゴリラのよう な体型
になっていたでしょう。そのように地球の位置、大きさ、その他細かい部分に至
るまで、生物にとって最善の環境になるよう計画されていたので す。決して偶
然、たまたまではないのです。

神の計画には狂いはありません!驚くほどの正確さ、緻密さをもって地球も宇宙
もデザインされたのです。寸部の狂いもありません。
そして、この同じ神があなたの人生も計画を建て、あなたをデザインされたのです!

「すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御
前で聖く、傷のない者にしようとされました。神は、ただみこころのま まに、
私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじ
め定めておられたのです。」
エペソ1章4.5節

神は宇宙を創造される前から、まだ時間も空間もない、世界が始まる前から、あ
なたを知っておられた。あなたは偶然、たまたま生まれたのではな い!神の計
画と愛によって、今の時代に生み出されたのです。そして、キリストによる救い
によってご自分の子どもにしようと定めて下さったのです。 神はあなたを選ば
れたのです。
あなたが神を選んだのではない、神が愛を持って選ばれたのです。

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神
がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知ってい ま
す。」ロマ8:28

神が天地を造られ、これを保っておられます。神はあなたを選び、あなたに対す
る素晴らしい計画を持っておられます。全てのことを益として働かせて 下さる
神を信じ、この新しい週も前向き、積極的、肯定的に歩みましょう!