「選ばれた七人」聖書箇所:使徒の働き6.7章

【初代教会に起きた問題:言葉が通じない!】

「そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘ
ブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのや もめた
ちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。」使徒6章1節

二千年前のエルサレム、最初の教会は私たちが考えている以上に国際的でした。
ユダヤ人はバビロン捕囚、度重なる戦争等で海外に離散しているユダヤ人、ディ
アスポラと呼ばれる人たちがいました。ヘブル語、アラム語を話せる人 もいま
したが、全く話せない人も少なからずいたようです。ペンコステの日に海外から
エルサレムに参拝に来て、そこで福音を聞いて救われ、そのまま エルサレムに
留まった者、またその家族が集まったり、さまざまな方法でディアスポラのユダ
ヤ人も救われ、集団生活を始めるようになりました。
しかし言葉が通じないことから、食料の配給の時にヘブル語のアナウンスが分か
らずに食事できない者も現れ、それが重なるに連れて不満が大きくな り、深刻
な問題へと発展していったのでしょう。

初代教会は問題が無い教会ではありませんでした。問題が次々と起こりました。
問題の無い教会は存在しません。大切なのは、聖霊の導きと神の知恵によって解
決することです。初代教会は問題を通して成長し、強められ、成長しま した。
問題は人も組織も成長させるチャンスでもあるのです。

初代教会と使徒たちがどのように問題を成長のためのステップに変えて行ったか
を学びましょう。

【使徒たちの解決:その知恵に学ぶ】

「そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。『私たちが神のこ
とばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。そこ で、兄
弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を
選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることに します。そし
て、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。』」使徒6
章2-4節

@問題を公にし、弟子たち全員の課題とする!

使徒たちの問題解決から学ぶこと第一は、教会の問題を公にすることです。
問題を隠蔽する、隠蔽体質は決して祝福されません。それは不可能です。
私たちの弱さは、上手く行っている教会、問題の無い教会を演じてしまうところ
にあります。カトリック教会では聖職者の児童に対する性的な虐待事件 が大き
な問題になりました。ローマ法王が被害者に謝罪するなど、解決に向けて前進し
ていますが、ここまで大きな問題になり、被害者を多く出してし まったのはカ
トリック教会の隠蔽体質にありました。
もちろん全ての問題を公にすれば良いのかと言うとそうではなく、知恵と配慮が
必要です。
非難、攻撃するために公にするのではなく、弟子たち全員が負うべき課題として
問題を共有することが大切です。それが本当のエクレシアの姿、キリス トの体
の姿でしょう。
聖霊の導きと知恵に頼らなければ決して出来ないことですが、私たちは使徒たち
を模範としたいと思います。

これは教会だけのことではありません。私たち個人としても自分の弱さを分かち
合う原則に生きたいと思います。自分の弱さ、課題も信頼できる兄弟、 姉妹に
打ち明け、祈りと支えを求めることはクリスチャンライフの基本です。

自分の弱さ、問題を隠し続ける姿勢が、教会、組織の隠蔽体質にもつながります。
問題、罪、弱さの解決は分かち合うところから始まることを覚えましょう。

「ですから、あなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさい。
いやされるためです。義人の祈りは働くと、大きな力があります。」ヤ コブ5章16節

これがエクレシアの姿です。癒やしと解放を求めて弱さを分かち合い、祈り、支
え合うのがエクレシアのつながりです。

自分には何の問題も、弱さもありません!それはパリサイ人、偽善者の集まりです。
恵みと赦しによって支えあい励まし合う、心の真実なつながりある教会を目指し
ましょう。その最初のステップはエンカウンター・リトリートに参加す ること
です。
私たちはこのためにエンカウンタ・リトリートを毎年設けています。ぜひ参加し
て下さい。もちろんリトリートまで待てない人もいるでしょう。牧師に 相談し
て下さい。

A優先順位を崩さない。

「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありませ
ん。」節
「私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」使徒6章2.4節

教会の中で大きな問題が起きても、使徒たちの優先順位は変わりませんでした。
これは教会全体が学ばなければならない大切な優先順位です。
問題を解決することは大切です。しかし問題を第一にするなら、教会は問題を中
心に、問題に振り回される教会になるでしょう。

教会の第一優先順位は「いのちのことばを伝える」ことです!
いのちのことばを中心に動くのが教会であり、使徒はこの優先順位を変えません
でした。

このことも私たち個人に適用できる原則でしょう。人生にも問題は起こります。
問題の解決だけに心を囚われると、問題に振り回される人生になります。
自分に与えられた使命である、神と隣人を自分のように愛する。愛に生き福音を
証しする人生を第一にしましょう。問題があるからといって、いのちの歩みを
止めてはいけません。

Bチーム・ワークで問題を解決する。

「そこで兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた評判の良い人た
ち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせること にしま
す。」使徒6章3節

使徒たちは自分たちだけで問題を解決しようとせず、教会の中から人を選び、彼
らに問題解決を委ねました。これも私たちが見習いたい原則です。

牧師だけが教会の問題を抱えたら、直ぐに問題に潰されてしまいます。
また有能な牧師で、何でも一人で出来る牧師がいたとしても、教会としては成長
しないでしょう。家庭でも、お父さん、お母さんが何でもやって、子どもに自
分の部屋の掃除さえもさせなかったら、子どもは健全に育つでしょうか?子ども
に、その年令や能力に相応しく家事や手伝いをさせなかったら社 会性や生活力
が身に付かないのと同じです。

船橋エクレシアの賛美は毎週、素晴らしくなっていますね。
それは牧師がほとんど関わっていないからです。礼拝と賛美に重荷を持っている
人たちに委ねているからです。牧師が一人でやろうとしたら、悲惨な結 果に終
わるでしょう。
問題を、課題を、責任を分かち合うことで教会は成長します。

「こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非
常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰にはいっ た。」使徒6
章7節

使徒たちが聖霊の導きに従い、知恵を持って問題に対処したので、教会はさらに
成長しました。私たちも教会に起きるさまざまな問題を信仰をもって受け止め
ましょう。問題ではなく必ず乗り越えられる課題と捉え、みことばの知恵と聖霊
の導きによって乗り越えていきましょう。

【神に用いられた人、ステパノから学ぶ】

「さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざと
しるしを行なっていた。」使徒6章8節

使徒たちは食糧配給の問題を解決するために、弟子たちが選んだ七人に祈りを
もって権限を与えました。この七人は執事と呼ばれる最初の人たちです。 七人
の執事の筆頭として名前を上げられるのがステパノです。七人の執事は弟子の模
範と呼べる人たちです。
彼らから、神に用いられ、実を結ぶための原則を学びたいと思います。

@御霊と知恵とに満ち、評判が良い。(実生活で実を結んでいる)

あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさ
い。3節

選ばれた七人は「御霊と知恵とに満ち、評判の良い人たち」でした。
御霊に満ちていること、これは欠かすことが出来ない資質です。
御霊に満たされているとは、神さまのみこころを第一に生きていること、神の愛
に生きていることと同じです。自分の欲望、願望のままに生きて、聖霊 に満た
されている人はいません。御霊に満たされているとは、イエスさまの生き方を実
践していることです。

知恵とは何でしょうか。知識を活かし、実際の生活に当てはめるのが知恵です。
聖書の知識があっても、それをどのように自分の生活を変えるために用いたら良
いか分からないなら、知恵が必要です。執事たちは聖書と信仰の知識だ けでは
なく、それをどのように活かすのか、知恵にも満ちていました。

私たちも知恵を求めましょう!聖書の知識、キリスト教に関する知識は、私たち
のほうが初代教会よりも多いのです。インターネット、クリスチャン ブックス
トアーなど、知識はいくらでも手に入ります。しかし、自分の家族に分かりやす
く福音を証しするには知識ではなく知恵が必要なのです。

まず知恵を求めて祈ることです。そしてディボーションの習慣を身につけ、心に
示されたみことばを生活の中で少しずつでも実践することです。そうす ること
で知恵が身に付くはずです。みことばを聞く、読む、学ぶ、黙想し、そして実践
することです!
その積み重ねが知恵になります。

評判が良いことも使徒は執事の条件としてあげています。
これは実際に実が結ばれているということです。いくら理想を語ったとしても、
自分の生活の中に何の変化も表れていないなら残念なことです。執事た ちが評
判が良かったのは、信仰のことばが自分と回りの人達に良い影響と変化を及ぼし
ていたからです。

Aステパノの力の源

ステパノは教会の問題を解決するだけでなく、教会の外でも大胆に福音を語り、
キリストを証ししました。彼も確かな優先順位に生きていました。
ステパノはユダヤ人の一部の者達からの妬まれ、偽りの容疑によって捕らえられ
ます。
そのような厳しい状況でも、彼の顔は天使のように穏やかだったと聖書は伝えて
います。
なぜ彼は厳しい状況に置かれながらも心の平安を保つことが出来たのでしょうか。

「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」7
章56節

ステパノの心が絶えず見続けていたお方がハッキリと記されています。
彼は厳しい状況に置かれていても、圧倒的な勝利者であり、自分の救い主である
イエスさまを見続けていたのです。肉の目では見えませんが、私たちの 信仰の
目はいつでも救い主を見上げることが出来ます。ステパノのようにどんな状況で
もイエスさまを見上げること、主を見上げることが心に平安をも たらし、励ま
しと力を与えるのです。
どんな時でも勝利者である主を見あげましょう!

また使徒の働き7章を読むと、ステパノが正確に聖書を覚えていたことが分かり
ます。
聖書の正確な知識、みことばを正確に覚えることも彼と彼の働きを支える力で
あったと思われます。ステパノのように、誰に問われてもハッキリと確信 を
もって福音を伝えられるようにみことばを心の中に蓄えましょう。それは聞く人
の救いになり、私たちを支えるいのちの土台です。