「問題をバネに成長する教会」
使徒の働き6章−8章前半
【問題をバネに成長する教会】使徒の働き6章1節から7節

弟子たちが約束の聖霊を受けたペンテコステの日から、教会は誕生し、成長を続
けました。初代教会には全く問題がなく、平穏無事に成長したのでしょ うか。
そうではありません!教会を取り巻く環境は厳しく、外にも内にも問題がありま
した。
ユダヤ教の大祭司を始め、祭司たち、民の指導者たちからの激しい脅かしがあ
り、教会内部では5章のアナニヤとサッピラの問題がありました。

神さまから愛され祝福されると、問題が何一つ無くなると考えるのは大きな間違
いです。
却って教会が祝福され成長し、多くの人が救われると、より多くの問題が起こる
のです。
船が海を進む時、必ず波を受けるように、教会も前進し、成長する時、問題が起
きるのはやむを得ないことなのです。それは教会が生きて、活動し、成 長して
いる印なのです。
ある牧師は、問題が起こらない教会は唯一つ、死んでいる教会だと言いました。

このことは私たちの個人の信仰、クリスチャン・ライフにもそのまま当てはまる
でしょう。
聖霊に満たされ、神のみことばを行おうとすると、人生に波が起きる、問題が起
きます。
しかし、そこで信仰の歩みを止めないで下さい!

問題の無い(起こらない)クリスチャン・ライフが本当は問題があるのです。
神の御子であるイエスさまでさえ、迫害され、十字架にまで付けられたのです。
私たちが神さまのみことばを行うなら、必ず問題や試練は訪れるのです。
しかし、私たちの神は勝利の神です!十字架の死を勝利の復活の足台とされました。

初代教会は爆発的な成長を遂げました。それは教会が大きくなり、信徒の数が増
えただけではなく、地中海世界の文化を清め、人々の意識を作り変える ほど影
響を与えました。
初代教会は実に、迫害と問題をバネに成長を遂げたと言えるのです。
迫害されればされるほど、内に問題が起これば起こるほど、その都度、聖霊の導
きにより教会は改善され、より強くなり、より多くの地域に福音を伝え たのです。

これらのことからクリスチャンの信仰とはどのようなものと言えるでしょう。
信仰とは決して平穏無事な人生を歩むための保証ではありません。
信仰とは、人生に起きる問題を成長のためのバネに、力に変えるものと言えるで
しょう。

問題を避けること、見てみないふりをすることが信仰ではありません!
前向き、肯定的に問題を受け止め、聖霊とみことばの導きによって、問題をバネ
に成長していくことこそ、私たちが持つべき信仰の姿勢です。

【御霊と知恵とに満ちた、評判の良い七人】

当時の教会は当初から財産を共有する共同生活を送っていました。
教会にはヘブル語を話すユダヤ人だけでなく、ディアスポラと呼ばれる離散した
ユダヤ人、彼らは海外で生まれ育ったためヘブル語が分からないユダヤ 人たち
もいました。
ヘブル語が話せない、それも寡婦たちへの配給が滞る問題が起きたのです。
彼女たちはヘブル語が話せないので、訴えが思うように通らなかったのでしょう。
今も昔もコミュニケーションの問題は難しいものです。

エクレシア教会も感謝なことに、海外からの兄弟たちが参加しておられます。
これからも増々、海外からの兄弟姉妹が増えるでしょう。
初代教会で起きたコミュニケーションによる問題は必ず起こると思います。
私たちは初代教会が御霊に導かれて、どのように解決し、成長したのかを学びま
しょう。
問題に信仰を持って前向きに向き合う時、問題は成長のためのバネになります。

「そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い
人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせる ことに
します。そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにしま
す。」使徒6章3.4節

使徒たちが提案した解決策は、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を
選び、彼らにこの問題を解決させるというものでした。
そして使徒たちは本来の働きである、祈りとみことばの奉仕に専念することでした。
これは権力分与、また能力付与による解決といえるでしょう。

この権力分与、能力付与がスムーズに行えるかどうかは、キリストの体である教
会の成長に大きな影響を与えます。

カルト宗教の特徴はトップダウンです。指導者の意見が絶対で、決して反論でき
ない。
全ての意思決定をトップが決める。独裁的な教会になってしまう。
1%の人が全てを考え、全てを決めるので、99%の人は何も考えない人になって
しまう。
カルト宗教は決して人を育てることはありません。

初代教会は使徒が持っている権力を分けました。使徒だけが全てを決める権限を
放棄したのです。信徒の中からリーダーを選び、彼らが与えられた職務 に進め
るように祝福し、力を与えたのです。このように教会の中に複数の指導者、リー
ダーが立て上げられることが必要です。

ただ、この複数の指導者、リーダーたちが立てられることによる危険もあります。
ペンテコステ以前の弟子たちが、絶えずだれが一番偉いのかを議論していたよう
に、自己中心の罪から清められていない人がリーダーになると、成長ど ころか
分裂を生み出します。
多くの日本の教会が複数牧会(牧師が複数いる教会)や信徒リーダーを立てること
に消極的な理由はここにあります。

教会の中に次々とリーダーが生まれ、神と人々に仕えて行く、これが成長する教
会の姿です。エクレシア教会もしっかりと訓練を受けたリーダーたちが 次々と
生まれる教会を目指しましょう。

リーダーとして用いられるために大切な資質が書かれています。
御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人です。
御霊と知恵に満ちているとは、聖書の教えを良く理解し、それを実生活の問題に
適用する能力がある人です。聖書を詳しく知っているだけでは、ただの 宗教オ
タクです。
聖書の真理、知識、原則を人々の霊的成長のために、問題解決のために実際に
使って、良い結果を残せること、これが御霊と知恵に満ちている人です。

評判の良い人とは、みんなに愛されている、好かれているという人気ではありま
せん。
大切なのは、聖書の価値観、原則に従って実際に生活している人です!
自分が実生活では、全く神を知らない世界の価値観で生きていて、教会に来た時
だけ、良いクリスチャンを演じているなら、それは偽善者です。実生活 でどう
生きるかが、その人の本当の評判です。人を評価する時は、その人が言うことで
はなく、その人が何をしているのか、行動から評価することが大 切です。口は
嘘を付きますが、行いは嘘を付きません。

エクレシアにはこれから優れたリーダーたちが必要です。
セル・グループのリーダー、賛美グループのリーダー、教会の会計や実務を担当
するリーダーなどです。ぜひ優れたリーダーが立てられるように祈りま しょう。
そして自らが神と人に仕えるリーダーとして用いられるように祈りましょう。

【迫害によって成長する教会】

「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に
対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリ ヤの諸
地方に散らされた。
敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。サウロは教会を荒
らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。他 方、散
らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。」使徒8章1-4節

6章後半から8章前半には、ステパノの殉教とそれによって引き起こされた教会へ
の激しい迫害が記されています。五千人にもなっていた教会は、使徒 たちを除
いてエルサレムから追い出されてしまったのです。初代教会は解散させられたの
です。
ところが教会は無くなってしまったのでしょうか?そうではありませんでした。
彼らはエルサレムからは追い出されましたが、ユダヤ、サマリヤ地方へと福音を
広め、その結果、教会は更に成長し拡大していったのです。
教会で最初の執事に選出され、最初の殉教者となったステパノ。初代教会の成長
と拡大に大きな影響を与えた彼の信仰はどのようなものだったのでしょ う。

「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右
に立っておられるイエスとを見て、こう言った。「見なさい。天が開け て、人
の子が神の右に立っておられるのが見えます。」使徒7章55.56節

ステパノの信仰、それは難しい問題の中にも、激しい迫害の中にも主イエス・キ
リストとその栄光ある勝利を見つめ続けるものでした。

初代教会がどのようにして問題や迫害をバネに成長し続けたのでしょうか。
それは問題の中にも迫害の中にも、すでに勝利された主イエスを見続けたのです。
勝利者であるイエスを見失う時、私たちは問題に飲み込まれてしまいます。
しかし、どんなに難しい問題の中にあっても、死に勝利し、十字架の死を人類の
救いへと変えて下さった主を見続けるなら問題に飲み込まれることはあ りません。
主の助けと励ましを得て、必ず問題をもバネにして成長するでしょう。

あなたの直面している問題は何ですか。その真中に勝利者イエスを見出しましょう。
その問題はすでに主イエスによって解決されていることを信じましょう。
信仰を持って主を見上げる時、私たちの心に肯定的な力と励まし、希望が与えら
れます。
主とともに、勝利者として問題の中を過ごすなら、やがて必ず勝利が訪れます。