「十字架上の七つのことば(1)」
聖書朗読箇所:ルカ福音書23章

今年は3月31日が主の復活を記念する復活祭です。今月は主の十字架と復活に焦
点を当てて、みことばを分かち合っています。今週は主イエスさまが 十字架上
で語られた七つのことば、その前半を分かち合います。

【父よ。彼らをお赦しください】

@私たちは、主イエスのとりなしによって救われた。

「そのときイエスはこう言われた。『父よ。彼らをお赦しください。彼らは何を
しているのか自分でわからないのです。』彼らはくじを引いて、イエス の着物
を分けた」ルカ23:34

イエスさまはご自分を拷問し、嘲笑し、十字架に手足に釘を打つローマ兵を赦
し、彼らのために祈りました。これがイエスさまの心、また天のお父さ ん、神
の心です。

私たちは皆、罪の中に生まれ、罪の中を彷徨っていました。
罪の大きさは人によって違うでしょうが、しかし、みな生まれながらの罪人です。
罪の中に生まれたものは、自分が罪の中にいる自覚がありません。

使徒パウロも救われる前の自分の状態、そして救いをこのように表しています。

「私たちもみな、かつては不従順の子らの中にあって、自分の肉の欲の中に生
き、肉と心の望むままを行ない、ほかの人たちと同じように、生まれなが ら御
怒りを受けるべき子らでした。しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してく
ださったその大きな愛のゆえに、罪過の中に死んでいたこの私たち をキリスト
とともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです。――」エ
ペソ2章3-5節

私たちは自分の力では、自分が罪に歩んでいることにさえ気付かない状態でした。
しかし、神はこのような罪にまみれていた私たちを一方的に愛し、救いの道を開
かれたのです。私たちの救いは、神からの一方的なプレゼント、賜物、 恵みな
のです!

主イエスがとりなして下さったから、私たちは罪赦され、救われました!
主イエスは今も私たちのために、天で父にとりなして下さっています。

「ご自分によって神に近づく人々を、完全に救うことがおできになります。キリ
ストはいつも生きていて、彼らのために、とりなしをしておられるから で
す。」ヘブル7章25節

Aキリストの赦しの模範に従う。

私たちは誰一人として、自分の力で救われたのではありません。
一方的な神の愛、キリストの十字架の赦しと、とりなしによって救われました。
私たちは、まず一方的に赦されたのです!

イエスさまは、私たちに、兄弟姉妹を、隣人を、敵さえも赦すことを求めています。
そのようにして、主の赦しと愛が世界を覆うためです。
私たちも互いに赦し合い、愛しあいましょう。

赦しの力は神から来ます。自分が主の赦しに留まり、絶えず主に感謝し、賛美
し、礼拝の人生を歩む時、私たちのうちに住まわれる聖霊から赦しの力が 溢れ
流れるのです。
私たちのために、今もとりなしておられる主イエスを覚えましょう。

【あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにます】

「イエスは、彼に言われた。『まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、
わたしとともにパラダイスにいます。』」ルカ23:34

この十字架のことばは、私たちの地上の人生が終わった後、どこで過ごすのかを
明確に教える希望のことばです。私たちは地上を去った後、主と共にパ ラダイ
スに行くのです!

パラダイスがどのような所なのか、それは行ってからの楽しみです。
しかし、ルカ福音書16章のラザロと金持ちの話はパラダイスとハデスがどのよう
な所かを私たちに伝えています。パラダイスは「アブラハムのふとこ ろ」と表
され、慰めの場所であると伝えています。そして一方ハデスは、炎の熱さで渇
き、苦しめられる場所です。

しかし、パラダイスもハデスも一時的な場所です。主イエスが再臨される時、パ
ラダイスにいる聖徒たちはキリストに似た栄光の体を受けます。そして 地上を
千年の間、王として支配することが黙示録に書かれています。それから新天新地
に移されるのです。

ハデスで苦しみを受けていた者たちは、最終的な裁きを受け、火の池でサタンや
悪魔、悪霊とともに永遠の苦しみを受けることが黙示録に書かれていま す。

イエスを信じる者は決して裁かれることはありません!死からいのちに移されて
いるのです。私たちは永遠を神とともに過ごすことが約束されているの です。
(参照:ヨハネ5:24)
ですから、地上の僅かに残された生涯を、福音を分かち合い、主の栄光を表すた
めに捧げましょう!なぜ世とともに滅ぼされる儚い栄光のため、天に 持ってい
くことが出来ない物のため貴重な時間と賜物を使うのですか?
永遠の視点から、今の地上の歩みを見ましょう!

【女の方。そこに、あなたの息子がいます】

「イエスは、母と、そばに立っている愛する弟子とを見て、母に『女の方。そこ
に、あなたの息子がいます。』と言われた。」ヨハネ福音書19章26 節

普通、日本では母親に向かって「女の方」とは言いませんが、これは冷たい表現
ではなく、尊敬を込めた表現だと理解して下さい。イエスさまは死の苦 しみの
中にある時も、自分を産み、育ててくれた母親のことを気に掛けて、忘れること
はありませんでした。
地上に残される母親の今後の世話を、愛する弟子のヨハネに任せました。

イエスさまには、他に弟妹がいました。ヤコブの手紙を書いたヤコブ、ユダの手
紙を書いたユダはイエスさまの弟です。マリヤがヨセフに生んだ子ども たちで
す。他に妹がいたことも聖書に記されています。

イエスさまは実の弟妹に母の世話を頼まないで、弟子のヨハネに委ねました。
この時はまだヤコブとユダはイエスさまを信じていなかったからです。
イエスさまが、神の家族を優先し、信頼していたことか分かります。

エクレシア(教会)はキリストの体であり、神の家族です!

私たちの肉の家族も大切であることは言うまでもありませんが、イエスさまに
倣って、神の家族であるエクレシアを優先し、信頼出来る神の家族として 建て
上げ、仕えましょう。

初代教会は地域に大きな影響力を及ぼし、やがてローマ帝国をキリストのものに
するほどの力がありました。それは使徒の働きに書かれているように、 財産を
共有したり、持ち物を全部売って教会に捧げるほど、神の体、神の家族である教
会を信頼し、積極的に建て上げていた結果と言えるでしょう。

私たちは神の体である教会を建て上げるように召されているのです。
どのように肉の家族よりも、神の家族を優先できるか考えてみましょう。
しかし、それは決して肉の家族への世話や責任を放棄することでは決してありま
せん。
神の家族に対して責任を果たし、仕えることによって、さらに肉の家族にも仕
え、責任を果たすことが出来るようになると確信します。

教会があなたの第一の家族です。
多くの人が家庭内に問題を抱え、家族関係が壊れています。特に父親と子どもた
ちの間にコミュニケーションが少ないと聞きます。決してお父さんを責 めるつ
もりはありません。
なぜならお父さん自身が、自分の父親から十分な愛情表現を受けていないからです。
自分の息子にどう接して良いのか分からないのです。

教会は家族の再生の場所です。弟子作りを通して、透明な人間関係を体験しま
しょう。
互いに霊的な責任を負い会う関係を作ることで、自分の家庭内でも互いに責任を
負い合う本当の家族を建て上げることが出来るようになるのです。

教会は人間関係再生の場所、家族再生の場所です!

主イエスを信じ、ともに十字架に死に、聖霊にある新しい者として生きる時、教
会は真の神の家族、あなたの第一の家族となります。