「羊のために命を捨てた羊飼い」
聖書箇所:ヨハネ福音書10章11-18節、11章47-57節

【羊の所有者でない雇人】

「そこで、祭司長とパリサイ人たちは議会を召集して言った。『われわれは何を
しているのか。あの人が多くのしるしを行なっているというのに。もし あの人
をこのまま放っておくなら、すべての人があの人を信じるようになる。そうなる
と、ローマ人がやって来て、われわれの土地も国民も奪い取るこ とにな
る。』」ヨハネ11:47.48

先週、イエスさまがラザロを生き返らされた箇所を分かち合いました。
今日の聖書箇所はその続きの箇所になります。死んで四日にもなるラザロが生き
返った。この驚くべき奇跡は直ぐにエルサレムにいる国の指導者たちに 知らさ
れました。
彼らは当時の国会に当たる議会を招集し、どのように対処するか話し合いました。

当時イスラエルはローマの属州になっていました。民族意識の高いユダヤ人の中
には、ローマからの独立を熱心に求める人たちがいました。特にイエス さまの
活動していたガリラヤ地方には熱心党と呼ばれる過激派が存在しました。ガリラ
ヤ人ユダ(使徒5:36.37)の反乱は大規模で、多くのユダ ヤ人がローマ兵によって
殺されました。このような大規模、また小規模な反乱が各地で起きていたのです。
指導者はイエスさまをローマからの独立を煽る過激派のリーダとみなしていたよ
うです。
ものすごい奇跡を起こして国民の支持を集め、国民が皆集まる過ぎ越しの祭りの
時に、自分を王とし、ローマに対する反乱を起こすのではないかと警戒 してい
たのです。

大祭司を始め国の指導者たちはローマから反乱の責任を追求され、自分の地位を
失うことを恐れていました。彼らは国民のことなど何も考えず、自分の 地位、
名誉を守ることしか考えない人たちでした。イエスさまは彼らを「雇い人であ
り、羊のことを心にかけていない(10:13)」と言われます。

@この世の指導者とイエスさまの違い
この箇所から私たちは本当の指導者の姿はどのようであるべきか考えさせられます。
そして模範的な指導者を、この世の指導者からは決して見つけることができません!

「そこで、イエスは彼らを呼び寄せて、言われた。『あなたがたも知っていると
おり、異邦人の支配者と認められた者たちは彼らを支配し、また、偉い 人たち
は彼らの上に権力をふるいます。しかし、あなたがたの間では、そうでありませ
ん。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者 になりなさ
い。あなたがたの間で人の先に立ちたいと思う者は、みなのしもべになりなさ
い。人の子が来たのも、仕えられるためではなく、かえって仕 えるためであ
り、また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためな
のです。』」マルコ10:42-45

上に立つ者が下の者を支配する。この上下関係、階級関係、権力関係が教会の中
から取り除かれない限り、教会は神の国の栄光を表すことが出来ませ ん。

私たちの救いのために、進んでご自身の命を与え、弟子たちに仕えられたイエス
さまの姿こそが教会の指導者に相応しい姿です。

しかし残念ながら、すすんで下僕となり、皆に仕える指導者の姿が教会の中から
失われてい時代がありました。今でも信徒を支配する指導者、自分の名 誉欲、
権力欲を満足させるために信徒を、神の羊たちを利用するカルト教会の牧師たち
が存在します。

このような問題、牧師が権力を振り回し、神の教会を、私利私欲のために利用す
る問題は牧師一人の独裁教会において起きやすい傾向があります。
牧師の指導に疑問があっても、怖くて何も言えない。実際に問題があっても言え
ない。
牧師の指導という言葉のもと、言いなりにならざるをえない。これはカルト教会
です。

私たち船橋エクレシアがカルト化しないために、イエスさまの模範に従い、神の
国の栄光を表す教会となるために、ぜひ牧師、宣教師、指導者たちのた めに
祈って下さい。
世の価値観を教会に持ち込むこと無く、イエスさまの模範に従えるように祈って
下さい。

また地上の教会は不完全だということも覚えて下さい。イエスさまが再臨されて
完成するのです。それまでは建設中なのです。工事中のビルに入ってみ て下さい。
「危険!」と書いてあります。これは冗談ですが、地上の教会には問題があります。
だから教会の中に問題を見て嘆くのは止めましょう。神に、牧師に、兄弟姉妹に
不平を言うのを止めましょう。建設中なのですから、問題があるのは当 たり前
です。
問題を見つけたら、それをどう解決するか話しあいましょう。

船橋エクレシアで問題を見つけたら、まず牧師に相談して下さい。話して下さい。
小林牧師で解決しない、また聞いてくれない(そんなことはしませんが)、その
ような場合は小林牧師の監督であるティム・ヒューバー牧師に相談して 下さい。

植物が健康に成長するために必要なのは日光、水、肥料に加えて、風通しの良さ
が不可欠です。風通しが悪いと、病気に罹りやすくなります。
教会も、成長するために何でも遠慮無く(愛と謙遜な態度を持って)話し合える
風通しの良さが大切です。ぜひ直接、またメールでも電話でも良いで す。牧師
に相談して下さい。

私たちは皆で協力して、教会のカルト化を防がなければなりません。
皆が生き生きとして、愛と謙遜をもって互いに支え合う姿の中に神の国は表され
ます。

A自己保身の罪

自分の地位、身分を守ることだけに熱心な指導者たちにとっては、イエスさまの
教えも、偉大な奇跡もまったく意味がありませんでした。それらは彼ら の心を
変えることがありませんでした。先祖たちが数千年に渡って預言してきた救い主
が来られたのに、教えと奇跡をもってご自身がキリストであるこ とを示された
のに、彼らには分かりませんでした。

自分の地位、名誉を守ることに必死な人たち、自分の居心地の良い生活を守りた
い、変えたくない人たちには、どんなに素晴らしい神の教えも、奇跡も 意味を
成さないのです。

頑なに自分を守ろうとする態度、自己保身は罪の本質です!

罪を犯したアダムは罪を素直に認める代わりに、エバに責任をなすりつけ、エバ
は蛇に責任を押し付けました。いつも自分が正しく、悪いのは他人と考 える罪
深い性質が私たちにはあります。

私たちは聖書を読む時、メッセージを聞く時、吟味しながらも明確に神の真理が
表されたら、進んで自分を変える態度を持たなければなりません。
自分の生活、習慣、思想、それらを主の教えに従って喜んで変えたいと願わない
なら、神に出会うことはありません。

人間関係を壊すのも自己保身です。誰も完璧な人間はいません。みな不完全です。
付き合いが長くなれば、必ず弱さ、過ちが出てきます。ぶつかることもあるで
しょう。
その時、自分が正しくて、悪いのはあなたと、相手を変えることだけを求めたら
必ず人間関係は壊れます。まず進んで自分が変わろうとしなければ人間 関係は
続きません。

私たちはイエスを救い主キリストと信じ、彼を主と告白する者の集まりです。
キリストは罪なく、完全な人生を歩まれたのに、私たちを救うために進んで罪人
になられました。罪がないお方が「悪いのは私です。どうぞ私を罰して くださ
い」と十字架を背負われたのです。私たちはこの方を主と呼び、この方の生き方
に従う者の集まりです。

自分を頑なに守ろうとする罪の性質を徹底的に悔い改めましょう!
自分の中にその罪と弱さがあることを神と隣人の前に告白し、祈りましょう。
聖霊に心を変えて下さいと祈りましょう。

【カヤパの預言】

「しかし、彼らのうちのひとりで、その年の大祭司であったカヤパが、彼らに
言った。『あなたがたは全然何もわかっていない。ひとりの人が民の代わ りに
死んで、国民全体が滅びないほうが、あなたがたにとって得策だということも、
考えに入れていない。』ところで、このことは彼が自分から言った のではなく
て、その年の大祭司であったので、イエスが国民のために死のうとしておられる
こと、また、ただ国民のためだけでなく、散らされている神 の子たちを一つに
集めるためにも死のうとしておられることを、預言したのである。
そこで彼らは、その日から、イエスを殺すための計画を立てた。」ヨハネ11:49-53

自分たちにとって邪魔な者は殺してしまおうというカヤパの計画が、人類の罪を
十字架で贖う、神の救いの計画を前進させることになりました。

人間の邪悪な計画をも、神は人々の救いのため、神の国の前進のために良きもの
に変えることが出来るのです。

ヤコブの息子ヨセフは兄たちの嫉妬からいじめられ、エジプトに奴隷として売り
飛ばされたと創世記に書いてあります。この悲しい出来事を、神はヤコ ブの一
家とエジプトを救うために用いられました。ヨセフに夢を解き明かす能力を与
え、パロの夢を解き明かし、エジプトとヤコブの一家を飢饉から 救ったのです。

ヨセフは言っています。
「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らい
となさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしてお くため
でした。創50:20」

またパウロもこのように教えています。
「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神
がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知ってい ます。
ロマ8:28」

悪の計画に心を悩ませないで下さい。心配しないで下さい。
私たちの天の父なる神は、あなたに対する悪の計画を、良いことの計画に変える
ことが出来るからです。

私たちの回りにある不都合なこと、残念な出来事を見て、神に不平、不満を言う
のを止めましょう。信仰に立ち、神がそれらのことを用いて益として下 さるこ
とを信じ、神を賛美しましょう!

悪を益に変え、死を復活のいのちに変え、罪にまみれていた私たちを、神の子に
再創造される神を信じましょう!復活の信仰に立ち続けましょう!

目に見える状況があなたの信仰を育てるのではありません。
あなたの信仰が、あなたの状況を変えていくのです!これが復活の信仰です。