「反キリストの到来」

聖書箇所:黙示録6章から

「また、私は見た。小羊が七つの封印の一つを解いたとき、四つの生き物の一つ
が、雷のような声で『来なさい。』と言うのを私は聞いた。私は見た。 見よ。
白い馬であった。それに乗っている者は弓を持っていた。彼は冠を与えられ、勝
利の上にさらに勝利を得ようとして出て行った。小羊が第二の封 印を解いたと
き、私は、第二の生き物が、『来なさい。』と言うのを聞いた。すると、別の、
火のように赤い馬が出て来た。これに乗っている者は、地 上から平和を奪い取
ることが許された。人々が、互いに殺し合うようになるためであった。また、彼
に大きな剣が与えられた。小羊が第三の封印を解い たとき、私は、第三の生き
物が、『来なさい。』と言うのを聞いた。私は見た。見よ。黒い馬であった。こ
れに乗っている者は量りを手に持っていた。 すると私は、一つの声のようなも
のが、四つの生き物の間で、こう言うのを聞いた。『小麦一枡は一デナリ。大麦
三枡も一デナリ。オリーブ油とぶどう 酒に害を与えてはいけない。』小羊が第
四の封印を解いたとき、私は、第四の生き物の声が、『来なさい。』と言うのを
聞いた。私は見た。見よ。青ざ めた馬であった。これに乗っている者の名は死
といい、そのあとにはハデスがつき従った。彼らに地上の四分の一を剣とききん
と死病と地上の獣によっ て殺す権威が与えられた。」黙示録6:1-8

【反キリストの到来】

神の右の手に握られていた七つの封印で封じられた巻物は、この世の終わりと新
天新地へと移行する神の計画が書かれていました。
救いの完成者であるイエス・キリストによって、いよいよその封印が解かれました。

第一の封印が解かれると、御使の声とともに、白い馬に乗った人物が表れます。
「白」は黙示録の中で「清さ」、「正しさ」、「勝利」の象徴として用いられて
います。
「弓」は戦争を象徴しています。「冠」は勝利、また「人々からの賞賛」です。
一見すると、この白馬にまたがった人物はイエス・キリストなのかと思います。
黙示録19章11節にも白馬にまたがった人物が登場します。
この人物は、その前後の関係から間違いなく、イエス・キリストであると分かり
ます。

この第一の封印が解かれて登場した白馬の人物もイエス・キリストに似ています
が、そうではありません!第二、第三、第四と同じように馬にまたがっ た人物
が登場しますが、これらの馬はゼカリヤ書6章の預言から、神の裁きを象徴して
いる事が分かります。
これらの馬は罪に対する神の怒り、神の裁きを行う使者なのです。(ゼカリヤ6:8
を参照)

この白い馬にまたがる人物はイエス・キリストではなく、キリストに似た偽物、
反キリストを表しています!

白い馬に続き、赤い馬は「戦争」、黒い馬は「飢餓」が続きます。
当時、労働者の一日の賃金である一デナリで、小麦は八枡、大麦は二十四枡買え
たそうです。ですから平時の価格と比べると8倍もの物価高騰を表して います。
そして青い馬は「疫病」の象徴です。反キリストはこれらを引き連れて表れるの
です。

【反キリストとは何者か】

反キリストとは何者でしょうか。

@反キリストはイエス・キリストを否定するものである。

「小さい者たちよ。今は終わりの時です。あなたがたが反キリストの来ることを
聞いていたとおり、今や多くの反キリストが現れています。それによっ て、今
が終わりの時であることがわかります。」Tヨハ 2:18

「偽り者とは、イエスがキリストであることを否定する者でなくてだれでしょ
う。御父と御子を否認する者、それが反キリストです。」Tヨハ2:22

「イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それ
は反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたので すが、
今それが世に来ているのです。」Tヨハ 4:3

ヨハネは教会に当てて書いた手紙の中で、反キリストに注意するように呼びかけ
ています。ヨハネは反キリストは偽り者であり、イエスがキリストであ ること
を否定する者であると教えています。

これはイエスの名を信じるだけで救われる救い、信仰義認をを否定することです。
そして、イエスが神であることを否定する者です。

またヨハネは反キリストを、惑わす者と呼んでいます。
健全な教えから、救われた者をも引き離し、惑わそうとするからです。
そして反キリストと反キリストの霊があることを教えています。

A反キリストは偽キリストである。

「イエスがオリーブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとに来
て言った。『お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょ う。あ
なたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。』そこで、
イエスは彼らに答えて言われた。『人に惑わされないように気を つけなさい。
わたしの名を名のる者が大ぜい現われ、「私こそキリストだ。」と言って、多く
の人を惑わすでしょう。また、戦争のことや、戦争のうわ さを聞くでしょう
が、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。し
かし、終わりが来たのではありません。』」マタイ 24:3-6 

イエスさまは弟子たちに、世の終わりの前兆として、まず始めに「偽キリスト」
をあげています。「偽キリスト」も反キリストです。なぜなら、イエス を否定
するからです。

B反キリストは「荒らす憎むべき者」、「不法の人」である。

「それゆえ、預言者ダニエルによって語られたあの『荒らす憎むべき者』が、聖
なる所に立つのを見たならば、(読者はよく読み取るように。)」マタ 24:15

イエスさまは反キリストをダニエルが預言した「荒らす憎むべきもの」と呼ばれ
ました。
またパウロは反キリストを「不法の人」と呼んでいます。

「だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教
が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来な いから
です。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に
自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣 言します。」U
テサ2:3.4

聖書には、このように反キリストについてさまざまな呼び方があります。
それは反キリストの特徴を私たちに良く知ってほしいからなのです。
神は、誰が反キリストであり、反キリストの霊に動かされている者なのかを私た
ちに見極めて欲しいと願っているのです。反キリストに騙されないため です。

引用した二箇所は、それぞれ反キリストがエルサレムの神殿に立つこと、真の神
を否定し、自分こそ真の神であると宣言することを預言しています。
反キリストはやがてパレスチナ問題、イスラエルと中東諸国の紛争に乗じて必ず
登場してくるでしょう。私たちは聖霊とみ言葉によって反キリストを見 極めな
ければなりません。

【反キリストは誰なのか】

反キリストは誰なのでしょう?
反キリストは、すでに歴史の中で繰り返し現れています。

反キリストとその霊の特徴は、キリストを否定すること、偽キリストであるこ
と、人々を惑わすこと、やがてエルサレムの神殿、もしくは神殿の丘で、 自ら
を神と宣言します。
また黙示録では白い馬に乗って登場し、頭に冠を被り、勝利を求めて突き進む者
として表されています。

歴史上、このような反キリストの特徴を持った独裁者が何人も存在します。。
ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポルポト、フセイン、カダフィー等などです。
彼らは自分に反対する勢力を大量に虐殺したことでも知られていますが、彼らが
権力の座に着いた当初は、民衆から絶大な支持を得ていたのです。
彼らは民族の英雄、救世主として民衆に迎えられているのです。

まさに黙示録で反キリストが白い馬にまたがり、冠を受けたようにです。
勝利から勝利を得て出ていった後には戦争、飢饉、疫病が続きました。
あのユダヤ人大量虐殺で知られるヒトラーでさえ、初めはドイツ国民から熱狂的
な支持を受けて権力の座に付きました。当時のドイツは第一次大戦の莫 大な賠
償金に苦しみ、インフレ、失業、不況に苦しんでいました。ヒトラーはそれらの
問題からドイツを開放する者として迎えられたのです。しかし彼 の登場によっ
て、ヨーロッパは戦場と化したのです。

ヒトラーはユダヤ人の根絶を叫び、六百万人のユダヤ人を虐殺しました。
彼は間違いなく反キリストの一人と言えるでしょう。ヒトラーは滅びましたが、
これで安
心なのではありません。さらに残虐な反キリストの特徴を持った独裁者、反キリ
ストの霊に支配されている国、そして最終的に反キリストが登場すると 考えら
れます。

【私たちはどうすれば良いのか】

反キリストの到来とその霊の働きを私たちは防ぐことは出来ません。
しかし、反キリストに対抗するために私たちが取るべき態度、姿勢があります。

@反キリストの偽りに対抗するために、堅く真理に立つ。

「また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼
らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。それゆえ 神は、
彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。それは、真理を信じな
いで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。」U テサ2:10-12

反キリストは神の裁きの手段として登場します。
神の愛と赦しを拒絶し、頑なに神に敵対する者、罪を愛し続ける者は反キリスト
の偽りの力を信じるようになるのです。

「地上の王、高官、千人隊長、金持ち、勇者、あらゆる奴隷と自由人が、ほら穴
と山の岩間に隠れ、山や岩に向かってこう言った。『私たちの上に倒れ かかっ
て、御座にある方の御顔と小羊の怒りとから、私たちをかくまってくれ。御怒り
の大いなる日が来たのだ。だれがそれに耐えられよう。』」黙 6:15ー17

第六の封印が解かれ、人類が経験したことがない天変地異が起こります。
反キリストに従う者たちは、これらの災害が彼らの不信仰に対する神の怒りであ
ることを認めながらも、なおも罪を悔い改めて神と和解することを拒み ます。

神の真理を受け入れることは、人間の生まれながらの性質に反することです。
神のみ言葉に従うことは、私たちの自己中心の性質に反するのです。
自分の我がまま、自己中心を悔い改めないで、そのままにしてしまうなら、私た
ちも反キリストと反キリストの霊にだまされる危険があります。

反キリストの霊は巧妙に私たちを騙します。私たちの罪深い性質が喜び、満足す
るように罠を仕掛けてくるのです。

神さまのみ言葉を愛し、聖霊の力に頼り、心を変えていただきましょう。
聖書の真理、イエス・キリストの愛と恵みに堅く立ち続けましょう。

A反キリストに絶対協力しない。

反キリストの霊は教会にも入り込み、救われた者をも惑わします。
日本の教会にも反キリストの霊は忍び込んでいます。

自由主義神学の立場を取る団体があります。私たちは聖書が間違いのない神の言
葉であることを堅く信じる教会であり、自由主義神学に対して、福音主 義、ま
た福音派になります。自由主義神学は聖書を合理的に、人間の理性中心に解釈し
ます。
自由主義神学の立場では、キリストの奇跡も復活もただの神話に過ぎないと考え
ます。
全く私たちと信仰が異なります。彼らの中にはイエスの神性すら認めない者もい
ます。
こうなると、キリスト教とは呼べません。反キリストの霊に惑わされています。
私たちはこのような自由主義神学の立場の教会とは、信仰上の交わりは持てません。

B真の救い主を証し続ける。

「小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神のことばと、自分たちが立てたあか
しとのために殺された人々のたましいが祭壇の下にいるのを見た。彼ら は大声
で叫んで言った。
『聖なる、真実な主よ。いつまでさばきを行なわず、地に住む者に私たちの血の
復讐をなさらないのですか。』すると、彼らのひとりひとりに白い衣が 与えら
れた。そして彼らは、『あなたがたと同じしもべ、また兄弟たちで、あなたがた
と同じように殺されるはずの人々の数が満ちるまで、もうしばら くの間、休ん
でいなさい。』と言い渡された。」黙6:9-11

第五の封印が解かれると、キリストを証しして殺された殉教者の魂の叫びが登場
します。殉教者の魂は神の裁きが直ぐに、完全に行われることを願いま すが、
殉教者の数が満ちるまで、もうしばらく待つように言い渡されます。

初代教会では、殉教者とキリストの証人は同じ意味で用いられていました。
この箇所はキリストの証しが全世界に満ちるまで、もうしばらく待ちなさいとい
う意味に
理解すべきでしょう。

イエスさまは全世界に福音が伝えられ、証しされてから世の終わりが来ると言わ
れました。

「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それ
から、終わりの日が来ます。」マタ24:14

日本ではプロテスタントキリスト教が伝えられてから140年以上が過ぎています。
キリスト教主義の高校、大学が建てられ、聖書は普通の本屋でも売られています。
無料の聖書も直ぐに手に入ります。神学に関する書籍も何でも手に入ります。
しかし最も大切なのは、キリストを証しする者なのです!

福音を命がけで伝える者、キリストの福音に罪人の生涯を永遠に変える力がある
ことを体験し、分かちあおうと願う者が日本には必要なのです!
知的なキリスト教は議論を生むだけです。それも必要かもしれませんが、最も大
切なのは自分の命を失っても惜しくないほど価値のあるキリストの出会 いを体
験した者です。
真のキリストとの出会いが人生を変え、隣人を変える証しが生まれるのです。

私たちは天の父を毎日礼拝できる特権が与えられているのですから、日々の個人
礼拝を通してキリストの愛と命に満たされましょう。キリストの命に満 たされ
て、輝いて生きることこそ、最高の証しです。