「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい」

マタイによる福音書5章43節から48節


「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。』と言われたのを、あなたがたは聞いています。
しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。
それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨 を降らせてくださるからです。」」マタイによる福音書5章43節から45節

「自分の隣人を愛しなさい」、この戒めは旧約聖書のレビ記19章18節にあります。
しかしレビ記には、また他の箇所にも「自分の敵を憎め」という言葉はありません。
これはパリサイ人、また律法学者達の言い伝えであり、神のことばではありません。
当時のユダヤ人にとって、敵とはローマ人であり、外国人たちでした。

パリサイ人たちは、同じユダヤ人同士は当然愛し合うべきだと考えていました。
しかし外国人、特に自分たちを支配しているローマ人には強い敵意を持ち、心から憎んでいたのです。彼らを愛そうなどと思ってもみないことでした。

ユダヤ人は、この憎しみのために、パレスチナの地から追放されたのです。
ローマに対して武力を持って抵抗した結果、神殿は崩され、エルサレムにいた人々は皆殺されました。それでも憎しみを捨てなかった結果、パレスチナ の地から追放されたのです。

怒りと憎しみは、破壊しか生み出しません。問題の解決にはならないのです。
暴力では何事も解決しません。ただ愛だけが、全ての問題を解決する答えです!

【キング牧師とマルコムX】

「自分の敵を愛しなさい」、私はアメリカのキング牧師を思い出します。
キング牧師は黒人への差別撤廃を求める公民権運動を指導した指導者でした。
彼は暴力によらず、ひたすら非暴力を貫いて運動を勝利へと導いたのです。
彼の改革は成功しました。彼が神のみことばに従ったからです。

しかしキング牧師と同時期に同じく黒人の差別撤廃を求めて活動していたマルコムXの改革は失敗に終わりました。彼は白人への憎しみを全面に出し、暴力によって問題を解決しようとしたからです。

両者とも残念ながら暗殺されてしまうのですが、キング牧師の改革は実を結び、アメリカにおける人種差別の溝は大きく埋まったのです。
もしキング牧師のように、キリストの言葉に従い、愛の実践によって複雑な人種問題に取り組む指導者が現れなかったら、今日のアメリカは存在しな かったと言えます。

このことは人間関係の問題は、暴力や力によっては、決して解決しないことを証明しています。愛と赦しだけが人の心を変え、罪を乗り越える力を与え るのです!

またキング牧師の例は、今日でも神のことばは人を変え、社会をも変革する力であることを証明しています。神のことばと愛は、決して絶えることがな いのです。

【愛だけが私たちの心を変える】

中川健一先生の成長セミナーで、先生が面白い話をされていました。
アメリカの心理学の実験で、オオカミ少年の話を子供に聞かせて、どのくらいの子供たちが嘘をつくのを止めようと思ったかを調べたそうです。オオカ ミ少年は自分がついた嘘のために人から相手にされず、最後はオオカミに食べられてしまうのです。
嘘をつくことは結局は自分のためにならないことを教える怖い話です。
このオオカミ少年の悲しい結末を聞いて、子供たちは嘘つくことを止めようと思ったか?
嘘は止めようと思った子供より、上手に嘘をつこうと思った子供の方が多かったそうです。

私たちの罪深い心というのは、戒めによっては、ますます心を頑なにしてしまうのです。
力ずくで押しつけられれば押しつけられるほど、反発し、抵抗したくなるようです。

さて、この実験には続きがあって、今度は別のグループの子供たちにジョージ・ワシントン大統領の子供の頃の話をしました。ジョージは子供の頃、父 親の大切にしていた桜の木を斧で切り倒します。しかし正直にお父さんに「ぼくがやりました」と言って謝りました。するとお父さんはジョージの正直 な心を誉め、「お父さんは千本の桜の木よりも、ジョージの正直な心が嬉しい」と伝えた話をしました。
すると、ほとんどの子供がジョージのように正直になりたいと思ったそうです!

私たちの心は力には力で反発しようとする頑なさもありますが、愛には愛で答える正しい心が残っています。

神は私たちを罪から救い出すために、御子イエスを遣わし、イエスの十字架により私たちの罪を先ず赦して下さいました。
私たちが赦されるに相応しいことをしたのではありません。
一方的に赦して下さったのです。ここに神の愛があります!
私たちが神を愛する前に、先ず神が私たちを愛し、私たちを赦して下さった。
神の愛に触れる時、私たちの心は罪を離れたいと心から思えるように変えられるのです。
赦しと愛は、私たちを変える力です!

イソップの話に北風と太陽の話があります。

ある時、北風と太陽が力くらべをしました。どちらが旅人の上着を脱がせられるか?
北風が力任せに上着吹き飛ばそうとする。すると旅人は却って上着を固く握りしめ、脱がせることが出来なかった。しかし太陽が旅人の上に燦々と輝くと、旅人は暑さのあまり自分から上着を脱ぎ始めたと言う話です。

人の心は、厳しく指摘しても、無理矢理に変えようとしても、却って反発するだけです。
さらに深い闇へと落ち込みます。
愛と赦しだけが、罪深い私たちの心を変え、いのちへと導きます。

天の父はまさに太陽のように、私たちの心を愛で照らし出しておられます。
父なる神は、私たちの行いによって愛を変えるようなお方ではありません。
父なる神は、神に敵対する者にさえ、愛で接し、恵みを変えることはないのです。
愛だけが罪に打ち勝つ力であることを、父なる神は知っておられるのです。

私たちが自分の敵を愛することは難しいことです。
自分に不利益をもたらす隣人、刺々しい言葉で接する同僚や上司、学校の友達に接するのは苦痛です。私たちの言葉も刺々しくなり、自分を守ろうと頑 なになり、反抗的で苦々しい思いに満ちてきます。しかし、そうすればするほど問題は解決から遠ざかる。

愛と赦しに生きるにはどうしたら良いのでしょう。その力はどこにあるのでしょう。
天のお父さんの赦しの心、愛の心に触れ続けることです。

愛されることなしに、人を愛することは出来ません。
赦されることなしに、人を赦すことは出来ません。
先ず私たちを愛し、赦して下さった父なる神の愛を受け、その心に触れ続けることです。

父なる神と私たちを結び合わせる、イエス・キリストをいつも見上げましょう!
イエス・キリストは神の愛の完全な表れです。

キリストの十字架は、私たちの罪が完全に赦されたことを証しています。
キリストの復活は、死への勝利の希望です。あらゆる憎しみ、暴力、否定的な言葉や態度にも決して負けない神の命が、聖霊によって私たちに注がれれることの印です。

イエス・キリストによって表された天の父の愛と赦しを信仰によって受け取り、この愛にとどまりましょう。聖霊が私たちをイエスに似た愛と赦しに歩 む力を与えて下さいます。
私たちは決して一人ではないのです!神の霊が信仰によって私たちの心に住み、みことばを行う知恵と力を豊かに与えて下さるのです。

主を仰ぎつつ、聖霊から励ましと導きを受けて力強く歩み続けましょう。