「あなたがたは、地の塩、世界の光です。」
聖書箇所:マタイによる福音書5章13節から16節

「あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏み つけられるだけです。あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。(15)このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさ い。」
マタイ5:13〜16

【山上の説教の主題(テーマ)は天の御国】

今週もイエスさまの山上の説教を分かち合います。
山上の説教の主題(テーマ)は、天の御国(神の国)です!
決してクリスチャンになるための条件が書かれているのではありません。
また律法のように、守るべき、果たすべき課題のように読むべきでもありません。

主題は神の国です!私たちが神の国の住人となり、豊かに霊・魂が養われていく時、私たちは神の国に相応しい価値観、優先順位を持つようになるのです。

先週分かち合った八つの幸いも、幸せになろうとして、心を貧しくしたり、悲しんだりしても、何の意味もありません。それらを幸せになるための条件 として読むのは間違いです。

八つの幸いを全て持っている方は、イエス・キリストです。
イエス・キリストの中に、御国の全ての幸せが含まれているのです。
イエス・キリストを自らの救い主として信じ、ひたすらイエスを見上げ、イエスの歩まれた道に従う時、私たちも神の国の幸いに生きる者に変えられて 行くのです。

山上の説教の主題(テーマ)は神の国です。
神の国とは、天の父なる神、御子イエス・キリスト、聖霊なる神との親しい交わりです。
神の国に入る道を、父がイエス・キリストを遣わし、開いて下さいました。
誰でもイエス・キリストを唯一の神からの救い主として信じ受け入れるなら救われます。天地を造られた創造主が、私たちを恵みによって、ご自身の子供として下さるのです。
私たちはイエスを信じる信仰によって神の子供であり、神の国の国民なのです。

私たちは天の父の子供になり、天の父との親子関係を通して、神に似る者に成長します。
天の父は私たちに、ご自身の霊である聖霊を豊かに与えて下さるのです。
聖霊は神の約束、ことばに従って、私たちを神の子に相応しく変えて下さいます。
大切なのは天の父との親しい親子関係、親子としての絆なのです。
イエス・キリストを通して天の父を知れば知るほど、私たちは父に似る者に変えられます。イエス・キリストを通して天の父に近づけば近づくほど、神 の命、聖霊は私たちに臨み、神の愛を行う命と力を与えて下さるのです。
これが神の国であり、これが神を礼拝することです。

山上の説教は全て、父なる神との親子関係が前提として書かれています。
山上の説教で描かれる、完成された信仰者のモデルはイエス・キリストご自身です。
私たちは自分の努力や頑張り、道徳・修行によってキリストに似る者にはなれません。
イエス・キリストが天の父の長子であるように、私たちも天の父の子供にして頂き、父なる神に養われ導いて頂く時に、聖霊が私たちの中に働き、相応 しい人格の実を結ぶのです。

ですから山上の説教を学ぶ時、人格の実を目標にしてはならないのです。
それはあくまでも、結果なのです。目標は天の父との親しい関係、深い絆です。
父と親しい関係を持ち続けるなら、必ず私たちはイエスに似たものに変えられます。

しかし、人格の実を目標とする時、私たちは天の父なる神との親しい関係を見失い、私たちの中にある古い性質が働くのです。
頑張って敵を愛そう、努 力して良い人になろうとする時、愛も赦しも演技(偽善)に変わってしまうのです。(パリサイ人の義)

イエス・キリストを通して表された天の父の愛を、ひたすら求めましょう!
イエス・キリストによって与えられた天の父との親子関係をひたすら深めましょう!
天の父の愛と恵みを心から賛美し、誉め称え、父の懐にひたすら近づくことです。
イエス・キリストと聖霊によって、天の父を知ることが霊的な命なのです。
これが天の御国(神の国)の中心であることを覚え、山上の説教を学びましょう。

【あなたがたは、地の塩です】

「あなたがたは、地の塩です。もし塩が塩けをなくしたら、何によって塩けをつけるのでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて、人々に踏み つけられるだけです。(13)」

私たちは、「地の塩」です。塩は食物が腐敗するのを防ぎます。
また私たちの体を維持するのに、無くてはならない栄養素です。
塩は料理には欠かせないものであり、食材の旨味を引き出し、料理の味を決めます。
塩気のないスープ、塩気のないみそ汁は味気ないものです。
また塩は、古代では薬としても用いられていました。塩は人を癒す働きもあります。
そのため塩は古代では、金や銀と同じ位の価値がありました。

イエスさまが、私たちを「地の塩」と呼ばれたのは、私たちが天の父の御前で塩のように高価で、塩のように役に立つ存在だと父が認めておられるから です。
天の父が私たちを高価で貴い存在、価値ある者として認めておられることを覚えましょう。
そして天の父は、私たちが本来ある姿のように、この地上で生きることを願われています。

セルフ・イメージはとても大切です。自分の人生に大きな影響力を持っているからです。
自分をつまらない、価値の無い存在だと思いこんでいると、人生を無意味で、つまらないものとして生きてしまいます。自分に価値を見いだせない人 は、自分を大切にしません。
私たちは自分が確信しているセルフ・イメージ、自己像に相応しい人生を送る者なのです。

多くの人が不健康なセルフ・イメージを握りしめ、不健康な生涯を送っています。
過去の失敗、親や教師から受けた暴言や傷によって、低いセルフ・イメージを持ちます。

過去の失敗によって、また将来も失敗するだろうと思いこむ敗北者のセルフ・イメージ。
親に愛されなかった、教師に馬鹿にされた、自分は愛されず、 誰からも期待されていないと思いこむ低いセルフ・イメージ。
これらは呪いであり、なかなか解放されません!

しかし天地を創造し、あなたを形作り、あなたを愛されている天の父は、あなたを「地の塩」だと言って下さっています!これが、あなたの本当のセル フ・イメージです!
あなたは塩のように、高価で貴く、また無くてはならない大切な存在、神に期待されている存在であり、あなたがいなかったら、塩気のないスープのよ うに、世界は味気ないものになってしまうのです。

天の父にとって、またこの世界にとっても、あなたは塩のように欠かすことの出来ない、大切な存在です。このあなたの大切な価値を見失わないでくだ さい!
自分に与えられた、天の父の大切な価値を見失い、傷や失敗、他人の呪いのことばを自分の価値に置き換えないでください。

私たちを愛し、私たちを滅びから救うために、御子イエスを与えて下さった天の父を見上げましょう。父はこれほどに、あなたを愛されているのです! これがあなたの価値です!

いま、自分の心に確信を持って語りかけて下さい。「あなたは高価で貴い存在!
塩のように貴く、無くてはならない存在だ」と。隣の方にも祝福として 語りかけて下さい。

【あなたがたは、世界の光です】

あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。(14)

イエスさまは続けて、私たちを「世界の光」だと言われました。
これも、私たちへの祝福のことば、正しいセルフ・イメージを与えることばです。
この光は、いのちの光であり、イエス・キリストを信じる信仰によって与えられる復活のいのちの輝き、永遠のいのちの光です。

「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。
 光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。」ヨハネ1:4,5

私たちの光は、イエス・キリストを信じる信仰によって与えられた神のいのちの光です。
神を離れて輝くものではなく、神に近づけば、近づくほど光は輝きを増すのです!

この世界は光を求めています!
真の光が輝いていないので、多くの人々は偽りの光に頼っています。
また、偽りの光があまりにも多いので、本当の光、いのちを輝かすものが見えに
くくなっています。

私たちはキリストのいのちを受けて、光り輝きましょう!
宗教的な行い、巨大な教会堂を建ててこの世にアピールしたり、教会の人数を誇るような、滅び行くこの世の価値観で勝ろうとせず、朽ちることのない キリストのいのちの光を輝かせましょう。

この光は、赦しであり、癒しであり、愛の光です。
キリストを知ることにより、与えられるいのちの光です。

偽りの光で輝く必要はありません。努力や頑張りは、それを止めてしまえば輝きが消えてしまう、手回し式の懐中電灯のようなものです。
多くのクリスチャンが、頑張って輝こうとして、疲れ果てています。

イエスのいのちの光は、疲れ果ててしまうことがありません。
それは与えられるものであって、恵みの輝きです。

私たちが愛するよりも先に、神が私たちを愛して下さったことを知る時、私たちの中にイエスのいのちが輝くのです。見返りを求めない愛に、私たちを 生かします。

天の父が私たちの全ての罪をイエスにあって赦して下さったことが分かる時、私たちの中にイエスのいのちが輝くのです。私たちを、赦しの人生へと歩 ませるのです。

天の父の愛を知る時、私たちの中に神の愛が輝きます!
イエス・キリストによって表された天の父の愛をひたすら求めましょう!
天の父との関係を、その絆を深めることをひたすら求めましょう。
聖霊により、信仰によって、神に近づけば近づくほど、私たちは神に似たものになります。
そのようにして、天の父をまだ知らない人々に、私たちの変えられた生き方を通して天の父を証しましょう!