「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。」
詩篇46編から
牧師 小林智彦

11日に起きた東北・関東大震災によって、大勢の方が亡くなり、被害を受けました。
また依然として救助を待っている大勢の人々、避難所で厳しい生活を送っている
人々がいることを覚えます。一刻も早く、救助を待っている人、孤立し ている人々が助け出されるように祈りましょう。また一日も早く被災された方々の生活が回復すること、家族を失った方々が慰めと励ましを受け、人生 に希望を見いだせるよう祈りましょう。

そして私たちがそれぞれの立場から、どのような支援が出来るか祈り求めていきましょう。
神が示される愛の業を、実行できる勇気と力も祈り求めましょう。

余震が続き、原子力発電所の事故、計画停電の実施など、次々に起きる問題、ニュースを聞いていると、日本は大丈夫なのか?私たちの生活は大丈夫な のか?と不安になります。
食料品や燃料の買いだめなどが起きていることを見ると、大勢の人々も同じような不安を抱えているのだろうと思うのです。

不安は自分のことを心配するだけで、隣人への愛を忘れさせてしまいます。
不安は焦り、苛立ち、怒りを心に生じさせます。
私たちは信仰者として、実際に心の中にある不安にどのように立ち向かって行けば良いのでしょうか?

聖書には、不安を抱える者に対する励ましのことば、約束のことばが多くあります。
聖書に登場する人物は、イエス様の弟子達も含めて、私たちと変わらない普通の人間です。
戦争、また地震などの自然災害の前に恐れおののく普通の人間です。
彼らがどのようにキリストの中に平安を見いだし、不安を乗り越えたのかを学びましょう。



【ともにいて下さる神を知る】

「神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。
それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。
たとい、その水が立ち騒ぎ、あわだっても、その水かさが増して山々が揺れ動いても。」詩篇46編1から3節

多くの信仰者が、この詩篇46編の中に平安を見いだし、力を受けてきました。

詩篇の作者は自分の体験から、神を避難所、また力(砦)と呼んでいます。
天の父なる神は、私たちが弱い時に避難できる場所、弱さを覆い、守って下さる方です。
また敵を寄せ付けない力であり、砦になって下さる方なのです。

天の父は避難所なのですから、弱さや不安を抱える時は、安心して御前行き、弱さ不安を分かち合うことが出来るのです。悲しみや不安は、分かち合う ことで半減します!

天の父なる神に、強がる必要はありません。
強がる人、「自分は大丈夫!」と言う人は、神様の愛を体験することが出来ません。
私たちは強がることで不安を乗り越えるのではなく、弱さ、辛さ、苦しさを神に分かち合い、神に受け入れてもらうことで父の愛を受け、不安を乗り越 えるのです。

恐れる時、不安を覚える時、私たちはイエス・キリストによって開かれている天の父の懐に飛び込みましょう!「苦しむとき、そこにある助け」なので すから。
幼子がお母さんの懐に飛び込むように、私たちも天の父の懐に飛び込みましょう。
私たちを救うためにひとり子イエスをお与えになるほどの天の父の愛!
天の父の愛に包まれる時、不安、恐れは消え去ります。

「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します」とヨハネは言っています。

不安、恐怖を覚える時、迷うことなく天の父の懐に飛び込みましょう。
私たちが神を愛する前に、私たちを愛して下さる天の父、父の愛に満たされましょう。

【変わらない神のみことば】

「川がある。その流れは、いと高き方の聖なる住まい、神の都を喜ばせる。4節」

この川とは、ヒゼキヤ王がアッシリヤ軍の包囲に備えて整えた、ギホンの泉を指していると考えられます。(第二歴代誌32章30節)
エルサレムの住民は一八万五千人からなるアッシリヤの大軍に包囲された時、死の恐怖に包まれたことでしょう。

しかし彼らは滾々と湧き出るギホンの泉を見た時、神の変わることのない恵み、神の変わることのない約束のことばを思い出し、心が慰められ、励まさ れました。

私たちも、私たちに与えられている神の恵みのことば、約束のことばを覚えましょう。
信仰をもって神のことばを受け入れる時、神のいのち(聖霊)が私たちに流れます。

私たちに約束されているキリストのことばを覚えましょう!
「わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。」ヨハネ福音書7章38節

イエスを信じ、イエスのことば、聖書のことばを信じましょう。
心の奥底から信仰、希望、愛が流れ出てくるようになります!

「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の 御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。私たちをキ リストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信してい ます。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たち の主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」ローマ人への手紙8章31.32.35-39

変わらぬ神の恵み、変わらぬ神のことばの上に堅く立ちましょう!
【主とともに不安に立ち向かう】

「神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない。神は夜明け前にこれを助けら
れる。5節」

不安、恐れは実際の私たちの問題でした。
私たちは、強がりや、頑張りで不安を乗り越えるのではなく、私たちとともにおられる神を知ることによって、その変わらぬ愛によって乗り越えること を見てきました。

最後は、積極的に主とともに恐れに立ち向かうことを勧めたいと思います。

不安、恐れの根本的な原因は何処にあるのでしょうか?
私は不安、恐れの根本的な原因は死にあると思うのです。
死を乗り越えられない人間の弱さが、不安や恐れに力を与えてしまうのです。

イエス・キリストはこの死に勝利することによって、私たちに救いをもたらしました!
私たちの死を十字架で引き受け、身代わりに死なれ、しかし三日目に罪と死に勝利されて復活されたのです!この復活こそ、私たちの救いの土台、いの ちと平安の土台です。

「そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔とい う、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」
ヘブル人への手紙2章14.15節

愛する皆さん、あなたの心の真ん中に復活の主がおられますか?
あなたの罪と死を滅ぼし、復活された主が、あなたの心の王座を占めておられますか?
「神はそのまなかにいまし、その都はゆるがない」とあるように、復活の主があなたの心の真ん中におられるなら、あなたの心は揺らぐことがありませ ん!
信仰の目を開き、心の王座に座しておられる主を見上げましょう。

災害、否定的な情報、不安をかき立てるデマに心を奪われるのではなく、いつも復活の主を見上げましょう。現実に目をつぶるのではありません。
主の救いと勝利の視点から、現実を見るのです。

天のお父さんの愛の懐に安らぎ、復活の主とともに現実の問題に取り組んでいきましょう。「神は夜明け前にこれを助けられる。」とある通り、主はあ なたを助けられます。