「悪魔の試みに勝利されたイエス」(2)
マタイによる福音書4章1節から11節
牧師 小林智彦

先週に続き、イエスさまが悪魔の試みを受けられた箇所から信仰を学びましょう。
イエスさまが悪魔の試みを受けられたのは、私たちに信仰の模範を示すためでした。
悪魔は私たちを必ず、同じようして罪に誘惑してきます。
悪魔が来るのは、ただ盗み、殺すためだけのために来ます。
イエスさまの信仰の模範から学び、誘惑に対して完全な勝利を得ましょう!

【悪魔・サタンも聖書を用いる!?】

「すると、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の頂に立たせて、言っ
た。『あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。「神は御使いたち に命
じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないよ
うにされる。」と書いてありますから。』イエスは言われた。 『「あなたの神
である主を試みてはならない。」とも書いてある。』(5節から7節)」

悪魔の最初の試みに対し、イエスさまは聖書のことばを持って勝利されました。
すると悪魔も、神のみことば、詩編91編を引用してイエスさまを誘惑しています。

ホラー映画に出て来る悪魔は、十字架や聖水、聖書を振りかざすと怯えますが、
本物の悪魔、サタンには何の効果もありません!悪魔は聖書をも利用す るのです。
ここに!霊的な戦いの本質があると言えます。
悪魔・サタンは如何にも悪魔ですという姿、形では現れないのです。
悪魔・サタンは聖書を用い、光の天使にさえ化けて、私たちを誘惑するのです。
悪魔・サタンは偽牧師、偽預言者を用いて、私たちを誘惑する時もあります。

だから私たちは牧師の言うこと、宣教師や、また自分を預言者などという者の言
葉をそのまま受け入れてはならないのです!吟味すること、正しく批判 するこ
とが大切です。
「牧師の言葉は神のことばだ!」などと言う牧師がいたら、それはカルト牧師です。
キリストの御霊によって語っているとは言えません。
もちろん神に対する不信仰や不従順の動機で疑い、批判するのではありません。
語られている教えが確かに神のことばなのか?正しく聖書が用いられているのか?
その動機は健全なのか?をキリストの御霊によって見抜くのです。
そして、受け入れるべきことば、信仰の勧めに対しては心からアーメンを唱える
のです。

※アーメンとはヘブル語で「本当に」、「確かに」という意味で、語られたみこ
とばが自分の上に実現、成就しますようにとの願いを持って唱えること ば。

【神である主を試みてはならない】

悪魔はどのように聖書を引用し、なぜそれが誘惑となったのでしょうか。

「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、
その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのない ように
される。』と書いてありますから。(6節)」

悪魔はイエスさまをエルサレム神殿の上に立たせ、「飛び降りてご覧なさい」と
勧めたのです。あなたがキリストなら、天の父は天使を遣わして守られ るだろ
うから怪我はしないだろうし、神殿に礼拝に来ている人々に、自分こそキリスト
であることを証明できると勧めているのです。

この悪魔の勧めは、何が誘惑なのでしょうか。何が死と滅びをもたらす誘惑なの
でしょう。
イエスさまは「あなたの神である主を試みてはならない」と誘惑を退けられました。
悪魔の提案は「神を試みる」罪であると、イエスさまは教えているのです。

悪魔は同じように、私たちを誘惑してきます。
悪魔は私たちが「神を試みる」罪を犯すように、誘惑してくるのです。
いったい、「神を試みる」罪とはどのような罪なのでしょうか。

「神を試みる」罪とは、主客逆転の罪です。
自分の思い、自分の考えが主(第一)となり、神を従わせようとする罪です。

もし天の父がイエスさまに、ハッキリとエルサレム神殿から飛び降りなさい。
そして自分がキリストであることを証明しなさいと命じたなら、イエスさまは従
うべきでした。そして91編の約束通り、イエスさまは怪我一つしな かったこ
とでしょう。

しかし、天の父なる神が命じもしないことを、自分で考え、自分で行動して、神
さまに認めさせようとすることは「神を試みる」罪になるのです。

私たちはこのような間違いをたくさん犯します。

人間関係でトラブルが起こり、相手を赦せない時、「あわれみをかけてはならな
い。いのちにはいのち、目には目、歯には歯、手には手、足には 足。(申命記
19:21)」を引用して、赦さないこと、復讐さえ肯定したくなる時はありませんか?

神さまの本意とは、かけ離れた目的のために聖書が引用されることがあります。
戦争を肯定したり、男尊女卑を肯定するために聖書が誤って使われることがあり
ます。
神の御名を汚す十字軍の蛮行や、魔女裁判などは全て聖書の誤用から来ています。
自分の欲望や悪意ある考えを、みことばで正当化しようとするのです。
これは正しい神さまとの関係ではありません。神との正しくない関係を罪と呼び
ます。

私たちは神が語られたことばを、自分の勝手な解釈を施さずに聞かなければなり
ません。
神の御心を求め、それを行うことが、神との正しい関係なのです。
神は語られ、私たちはそれを正しく聞いて行うのです。
神が主であり、私たちは従なのです。これを逆転させてはいけません。

自分の欲望を実現するために、みことばの約束を勝手に用い、神を動かそうとす
ることは
信仰ではありません。それは魔術やオカルトと何の違いもないのです。

「それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の
預言は
みな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。なぜなら、預言は決
して人間
の意志によってもたらされたのではなく、聖霊に動かされた人たちが、神からの
ことばを
語ったのだからです。」第二ペテロ1章20.21節

悪魔・サタンは聖書を自分勝手に利用して、自分の隠れた動機を隠させようとし
ます。
神のことばを利用して、自分の欲望を行わせようと誘惑してくるのです。
神よりも自分が偉くなりたい、神よりも自分が優れたい!これが罪の本質です。

イエスさまは主の祈りの中で教えられました。
「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。
みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように。」マタイ6章
9.10節

自分のことを祈るよりも先ず、天の父の栄光、天の父のみこころを第一に願いな
さいと
教えられました。なぜなら私たちの生まれながらの性質は、これと正反対だから
です。

私たちはいつも、「天の父なる神よ。私が崇められるように!私の王国が来ます
ように。
私の罪深い空想が頭の中で行われるように、実現しますように!」と願っている
のです。

自分の罪深い性質に気付き、絶えずキリストの十字架に自分を付け、自分を滅ぼ
していただかない限り、私たちはいつも神を利用する者になるのです。

聖書のことば、神のみことばによって自分の心を絶えず聖霊に吟味していただき
ましょう。
神のことばは鋭い両刃の剣です。私たちの動機を正しく判別するとあります。
みことばによって古い性質、自己中心、神に逆らいたい、神よりも自分を一番に
したい思いに気付かされることは幸せなことです。なぜなら、十字架の 解決が
あるからです!

自分の我が儘、みことばに従いたくない思い、みな神に告白しましょう。
そしてキリストの十字架によって、古い罪深い性質が滅ぼされるよう聖霊に求め
ましょう。
罪に死に、キリストの復活のいのちを受け、神を第一とする神の子の性質を受け
ましょう。

自分の欲望をみことばで肯定しても、結果は滅びと呪いです!
しかし神の子が、みことばを正しく聞き、それを行うなら永遠に残る実を結ぶの
です。

【あなたの神である主を拝み、主にだけ仕えよ】

「今度は悪魔は、イエスを非常に高い山に連れて行き、この世のすべての国々と
その栄華を見せて、言った。『もしひれ伏して私を拝むなら、これを全 部あな
たに差し上げましょう。』イエスは言われた。『引き下がれ、サタン。「あなた
の神である主を拝み、主にだけ仕えよ。」と書いてある。』する と悪魔はイエ
スを離れて行き、見よ、御使いたちが近づいて来て仕えた。(8節から11節)」

今までの誘惑は、一見すると何が罪であるのか分かりづらいのですが、三つ目の
誘惑はハッキリしています。「創造主ではなく、私(悪魔・サタン)を 拝みなさ!」

「悪魔を拝むなら、悪魔を礼拝するなら、あなたの欲望をかなえて上げよう!」
これが悪魔のもっとも良く使う誘惑です。私たちは日々、この誘惑にさ らされ
ています。

不正を行い、人を騙し、人を利用して自分の欲望を遂げたいと思うとき、私たち
は悪魔の前に跪いているのです。

神のみことばが明確に罪だと教え、禁じていることを行うとき、私たちは悪魔の
前に跪いているのです。自分の欲望を行うために、悪魔を拝んでいるの です。

神を知らない人たちは、自分の欲望を全てかなえてくれるのなら喜んで悪魔を礼
拝する者もいるでしょう。しかし、その代償はあまりにも大きいので す。

「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得があ
りましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せ ばよい
でしょう。」
マタイ16章26節

全世界を手に入れたとしても、悪魔を拝むなら、まことのいのちを失うのです。
まことのいのちとは、天の父なる神との愛に満ちあふれた関係、隣人との正しい
関係です。

私たちは創造主なる神と正しい関係を築くとき、自分の生きる目的、理由を知る
のです。神との正しい関係の中で、私たちは初めてありのままの自分を 生き生
きと、自由と喜びに溢れて生きるのです。その時、本当の友人が生まれ、家族が
生まれます。
キリストにある、まことのいのちを決して失ってはならないのです!

「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛してい
るなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。すべての世にあ るも
の、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たもので
はなく、この世から出たものだからです。世と世の欲は滅び去りま す。しか
し、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。」第一ヨハネ2章
15から17節

「肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢」、これらを愛する者には、神への愛はな
いとヨハネは言い切っています。大変厳しいことばです。しかし、これ は真理
です!

クリスチャンは良い生活、恵まれた生活をしてはいけないと言う禁欲主義に理解
しないでください。クリスチャンでも高級車に乗っても良いですし、高 級ブラ
ンドの服を着ても良いのです。このみことばはそういうことを言っているのでは
ありません。
信仰の父アブラハムも、義人ヨブも、ダビデ、ソロモン王も大金持ちでした。
「暮らし向きの自慢」とは、神がいなくても生きていける、神が存在しなくても
今の暮らしがあれば充分満足、自分には神は必要ないと思う態度のこと です。

「世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでも
ながらえます。」

この世の物、人からの評価、いつかは滅びるのです。まことのいのちを支えない
のです。
しかし神を第一とする生き方、神のことばを聞き、神のことばを行う者には永遠
のいのちがあります。神との正しい関係から来る、満ち足りた人生があ るのです。

悪魔・サタンは私たちを誘惑してきます。
私たちが自分を第一にしたい古い性質を、絶えず十字架に付けないなら、いつか
は誘惑に負けてしまうのです。我慢や頑張りでは霊の戦いには勝てませ ん。十
字架です!

「それから、イエスは弟子たちに言われた。『だれでもわたしについて来たいと
思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来 なさ
い。いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、
それを見いだすのです。』」
マタイ16章24.25

どれだけお金を持っているか?人からどれだけ評価を得ているか?
それが人生の安心、支えとなっているなら、いつか失うときが来ます。
神よりも人や物を信頼する古い性質を十字架に付けて滅ぼしましょう。
神をいのちの支え、神のみことばに聞き従う人生こそ、本当の喜び、無くなるこ
とのない平安を私たちの心にもたらすのです!

【引き下がれサタン】

「イエスは言われた。『引き下がれ、サタン。「あなたの神である主を拝み、主
にだけ仕えよ。」と書いてある。すると悪魔はイエスを離れて行き、見 よ、御
使いたちが近づいて来て仕えた。(10.11節)」

イエスの模範に従い、自分の十字架を背負う者が真の礼拝者、神を第一とする者
です。
生まれながらの性質は、必ず神と逆らい、いつも自分を一番とするのです。
それが欲望です。欲望が私たちの中にあり続けるとき(天に帰るときまで続きま
すが)、悪魔・サタンの誘惑はやって来ます。

悪魔の前にではなく、十字架に付けられたキリストの前に跪きましょう!
自分の中にある弱さ、罪をありのまま告白し、キリストに背負って頂きましょう。
十字架の死が、私たちの古い性質を滅ぼし、キリストの復活のいのちが私たちを
新しい者へと造り変えるのです。

神の子の性質は神を礼拝すること、神を賛美することを喜びます!
そして神を心から礼拝する者には、ことばに力が与えられます。
「引き下がれ、サタン!」とイエスは命じられました。

どんなに悪魔・サタンが悪賢く、また邪悪な力に満ちていても神のことばに逆ら
えません。
そのことばの通り、悪魔はイエスさまから離れなければならなかったのです。

イエスを心から信じ、キリストの血による赦しを受けている者には、神の子の権
威があります。私たち信じる者はキリストの血に覆われているのです。
悪魔・サタンは私たちを見るとき、私たちを覆っているキリストを見るのです!
私たちも心から、信仰によって「引き下がれ、サタン!」と命じるとき、悪魔・
サタンは従わざるを得ないのです。これは信仰の真理です。

聖霊によって、悪魔の誘惑に気がついたなら、すぐに十字架の前に跪きましょう。
誘惑されている自分の欲望、神よりも自分を第一にしたい、神がいない人生を願
う欲望を主に告白し、それを十字架に放棄しましょう。
そして、悪魔・サタンに命じるのです「引き下がれ、サタン!」と。

イエスさまは私たちのために模範を示されました。
私たちはイエス様の模本に従って、誘惑に勝利しましょう!