「どんな時にも御霊によって祈りなさい」
エペソ6章18節

牧師 小林智彦

「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。」エペソ6章18節

霊的戦いに勝利するために、神が備えて下さった霊的武具について学んできました。
霊的武具とは真理の帯、正義の胸当て、平和の福音の備え、信仰の大盾、救いのかぶと、み言葉の剣でした。これらを身につけた皆さんは、完全武装した主の兵士です。

武装は完全です!しかし、武具を身に付けただけでは不完全なのです。
祈りが大切です!祈りとは、神さまとのコミュニケーションです。

霊的戦いでは、私たちの主は軍の指揮官です。
兵士は指揮官の指示を受けなければ、戦いに勝利することは出来ないのです。
優れた指揮官は、敵の正確な位置を探り、戦略を練り、的確な攻撃方法を指示します。
指揮官の命令に忠実に従う時、兵士は大きな戦果を上げることが出来るのです。

指揮官の指示を聞かず、自分勝手な判断で敵に立ち向かうなら、敵の餌食になるだけです。
孤立した兵士は、たとえ完全武装していても敵に対しては無力なのです。

指揮官から適切な指令を受け、兵士の間にも連携が上手く取れる時、最大の働きをすることが出来ます。コミュニケーションが大切です!
霊的なコミュニケーションのことを祈りと私たちは呼ぶのです。

【御霊によって祈りなさい】

パウロはただ祈りなさい!と教えているのではありません。
「御霊によって祈りなさい」と教えています。御霊による祈りとは何でしょうか?

パウロの書いた手紙の中で、「御霊」に対立する言葉は、「肉」です。
「肉」とは、私たちが生まれながらに持っている罪深い性質のことです。
「御霊による祈り」があるなら、当然「肉による祈り」もあります。

聖書には「肉による祈り」と言う言葉は出てきません。
イエスさまが「異邦人の祈り」と呼ばれている祈りと同じことです。

「また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。」マタイ6章7節

「肉による祈り=異邦人の祈り」は、努力すれば神が聞いてくれる、頑張ったら神は祈りに答えてくれると信じる祈りです。御霊の祈りを知らなければ、祈りは全てこの祈りです!
これは人間の罪深い(本当の神を知らない)性質に深く根ざしています。
恵によって神の子とされた私たちも、古い性質を十字架に付け、イエスさまから祈りを学ばなければ、異邦人の祈りを祈ってしまいます。

「○○円を献金しますから、私の祈りに答えて下さい!」
「徹夜祈祷をしますから、祈りに答えて下さい!」「頑張って伝道しますから、祈りに答えて下さい」「○○の罪を止めますから、私の仕事を祝福して下さい!」

これは天の父を深く悲しませる祈りです!

これは祈りではなく、神と取引しているのです。
自分の願望を神に叶えさせるために、神と取引している祈りです。
これは信仰による祈りではありません。信仰の対象も関係ない祈りです。
この異邦人の祈りは、実は自分の願望が第一、つまり願望が崇められているのです。
神は自分の願望、欲望を叶えるための手段、道具、取引相手に過ぎないのです!

「だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。」マタイ6章8節

これが神の子の祈りです!御霊に導かれる者は誰でも神の子です!(ローマ8章14節)
天地を造られた創造主を、父と呼ぶ特権が与えられた者の祈りです。
「天の父は、私の必要、私の願いを既に知っている!ありがとう!」の祈りです。
平安と確信に満ちた祈りです。だから短いです。長さは関係ありません。

「天のお父さん、○○が必要です。でも、お父さんが既に用意し、適切な時に与えて下さることを感謝します!」と感謝を持って祈るのが神の子の祈りです。

既に知っているなら祈る必要がないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、お願いすることによって、天の父は確かに知っておられると確信を得るのです。

肉による祈りは、祈れば祈るほど不安が増します。
「あれだけ苦労して祈ったのに、まだ答えが来ない!本当に聞かれるのだろうか?」
自分の努力に頼るなら、いつまで経っても心に平安は来ません。
しかし、御霊の祈り、神の子の祈りは、祈る前から平安、祈ればさらに平安です。

皆さん、肉による祈り、努力すれば聞かれる、良いクリスチャンになったら聞かれる、神と取引するような、祈りについての勘違いを徹底的に十字架に付けて滅ぼして下さい。

神はあなたを愛し、あなたの救いのためにひとり子イエスをさえ惜しまずに与える方です。
どんな大金でも、どんな願いでも、あなたに必要なら、必ず神はあなたに与えます!
天の父は完全な父だからです!欲望によって霊の目が曇らされないようにしましょう。

「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。こういうものはみな、異邦人が切に求めているものなのです。しかし、あなたがたの天の父は、それがみなあなたがたに必要であることを知っておられます。だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。だから、あすのための心配は無用です。」マタイ6章31〜34節

この箇所に、御霊の祈りの本質が教えられています!
「神の国とその義とをまず第一に求める」、これこそ御霊の祈りの本質です。
神の聖霊は、私たちに、神の国とその義とをまず第一に求めさせるからです!
「神の国とその義」とは何ですか?「神を愛し、自分を愛するように隣人をあいすること」です。神の霊に導かれる者は、神への愛と隣人への愛と赦しに生きるのです。

神の御霊に導かれて、神と隣人への愛を心から願う時、その愛が与えられるばかりか、全ての必要が満たされると、イエスさまは私たちにハッキリと約束されています。

神の聖霊、御霊によって祈りましょう!神への愛、自分を愛するように隣人を愛する愛に生きることを日々祈り、願いましょう。必要を神に伝え、それらが既に備えられている確信と平安を得ましょう。これが御霊による祈りです。

【御霊による祈り=神に聞く祈り】

肉による祈りは、自分の願望、願い事を神々に伝えるだけの一方通行です。
しかし御霊による祈りは、願いを祈るだけでなく、神の思いを聞くことも祈りなのです。

@み言葉を通して聖霊は語られる。

「しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。御霊はわたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。」ヨハネによる福音書16章13.14節

祈りの中で聖霊は、私たちの心に必要な聖書の言葉を思い出させて下さり、その御言葉を通して神の思いを伝えて下さいます。

問題の解決や、導きが必要な時、慰めや励ましが必要な時、聖霊は聖書の言葉をもって知恵を与え、導きを与え、励まし、慰めを与えて下さるのです。

聖書を知的に理解するだけでなく、祈り心をもって、神からの語りかけとして読み、黙想し、暗唱することが大切です。み言葉に親しめば親しむほど、私たちは神の心に近づくことが出来るのです。

A神の導きと答えは平安と確信

また聖霊は私たちの心に平安と確信を与えることによって、答えを下さいます。
導きを求めて祈る時、神は私たちの進むべき道が御心に適っているなら、心に平安を与えて下さいます。しかし、いくら祈っても焦りや不安、苛立ちが無くならないなら、その進む道は神の御心では無いかもしれません。

就職や結婚、進学、引っ越し等々、人生の中で私たちは決断を迫られます。
神さまに正しい導きを求めるのですが、神がどのように答えて下さるか知るべきです。
神は平安と確信を通して答えて下さるのです。

「それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。」使徒の働き16章6.7節

この箇所は歴史的に見るなら、福音がギリシャ・ヨーロッパ経由で世界に広がるか、アジア経由で広がるかを分けた重要な場所です。パウロは現在のトルコ、ローマ時代のアジヤ地方で活動しようと考えました。しかし神の計画は先ずギリシャ・ローマ世界に福音を伝えることにあったのです!

どのようにして聖霊はみ言葉を語ることをパウロに禁じたのでしょう。
イエスの御霊はパウロがアジヤに行くことを禁じたのでしょうか?

具体的なことは書いてありませんが、その理由の一つに平安と確信が無かったと言えるでしょう。

平安が無く、焦りや苛立ちで福音を伝えても決して効果的な働きは期待できません。
もちろんパウロは平安と確信を求めて祈ったことだと思います。
しかし、それが与えられなかったようです。

「それでムシヤを通って、トロアスに下った。ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。』と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤに出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」使徒の働き16章8から10節

パウロが諦めずに導きを求めていた時、神は幻を通してパウロの心に導きと確信を与えて下さったのでした。

神はあなたの心に必ず答えを与えます。平安を持って神はあなたに御心を伝えます。
神の導きを求めて下さい。神に聞いて下さい。神は必ず答えられます。
なぜなら、あなたはイエスを信じる信仰によって神の子であり、神の子は聖霊に導かれるからです。