「御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい」

牧師 小林智彦

神のことばは霊的な戦いにおいて、究極の、強力な武器です!
聖書は神の聖霊によって霊感された言葉です。ただの人間の言葉ではありません。
霊感された神の言葉とは、真理であり、力があり、永遠に変わることがありません。
神の言葉を信仰によって受け入れる時、私たちの内に霊となり命となります。

マリヤが御使いガブリエルによって語られた神の言葉を、信仰によって受け入れた時、神の言葉はマリヤの中で命となり、私たちの主イエスになられたのです。

私たちの救い主イエスは、神の言葉が人となられたお方です!

聖書の約束の言葉、真理の言葉が信仰によって私たちの霊に結び付く時、私たちの霊と心はキリストの命を受け、キリストに似た者へと変えられていきます。
神の言葉こそ、私たちの霊の糧であり、神の子どもはみ言葉によって生きるのです!

私たちは神の言葉である聖書を魂の糧とし、また霊的な戦いの武具としましょう。
日々、神の言葉を読み、暗唱し、黙想し、み言葉で祈ることが大切です。

「幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。詩編1編1から3節

み言葉は霊的戦いを勝利に導き、あなたに真の幸せをもたらします!

【み言葉を祈り、み言葉を適用する】

先週、イエスさまが悪魔の試みに、み言葉によって勝利したことを分かち合いました。
この箇所を例に、み言葉を祈りに用い、また自分に適用することを学びましょう。

(祈り)「主よ、あなたは悪魔の試みにみ言葉によって対抗されました。
     がみ言葉の力によって、あらゆる悪魔の試みに対抗し、打ち勝つことが出来ますように。また、あなたは「引き下がれ、サタン」と命じられました。     がこのようにハッキリと悪魔・サタンを拒否することが出来るように助けて下さい。
※    には自分の名前を入れて祈って下さい。

(適用)あなたが(不安・恐れ・落胆・迷い・罪の誘惑)を覚える時、適切なみ言葉を信仰によって心に受け入れましょう。そして確信を持って言って下さい。

「引き下がれサタン!お前の偽りの力、(不安・恐れ・落胆・迷い・罪の誘惑)に立ち向かう!」

【あなたの存在を肯定し、励ますみ言葉@】

悪魔・サタンは私たちの存在を脅かします。私たちは自分に自信があり、自分を大切な存在であると確信できる時、生きる力と喜びに溢れます。悪魔はこのことを知っています。悪魔は私たちの自信を奪い、大切な存在であるとの確信を奪おうとします。
あなたの存在を支える真理のみ言葉を心に堅く握りしめ、この戦いに勝利して下さい!

「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたし(神)はあなたを愛している。」イザヤ43:4

(祈り)「天の父なる神の目には、    は高価で尊い。天の父なる神は    を愛している。天のお父さん、    があなたにとって高価で尊く、愛されていることを感謝します。」

(適用)「わたしを落胆させる悪魔・サタン、わたしは天地を造られた神にとって高価で尊い存在だ!悪魔の否定的な嘘に、真理のみ言葉を持って立ち向かう!引き下がれサタン!」

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16

(祈り)「天の父なる神は、実に、そのひとり子イエスをお与えになったほどに、
      を愛された。それは御子を信じる     が、決して滅びることなく、
永遠のいのちを持つためである。天のお父さん、イエスを与えるほどに    を愛してくれてありがとう。」

「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。」ヨハネ10:10.11

(祈り)「盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。
天のお父さん、私を不安にさせ、否定的な思いにさせる一切の言葉は偽りの言葉だと気付かせて下さい。イエスさまが来たのは、    がいのちを得、またそれを豊かに持つためであることを感謝します。イエスさまは良い牧者です。イエスさまは     のためにいのちを捨ててまでも     にいのちを下さいました。偽りの声を拒絶し、イエスさまの言葉だけに聞き従います。」

以上はみ言葉を読むだけでなく、自分の言葉として祈り、自分に適用するための例です。
この通りにする必要はありません。ぜひ御霊に導かれて自分オリジナルの祈り、適用を実行して下さい。始めは何も感じなくても、み言葉に親しみ、続けていく内に、必ずみ言葉はあなたの内で神の命を豊かに流れさせます。み言葉はあなたの思いを変え、心を変え、態度、習慣を変えていきます。み言葉によってあなたはイエスに似た者に成長するのです。


【あなたの存在を肯定し、励ますみ言葉A】

「しかし、この方(イエス・キリスト)を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」
ヨハネ1章12.13節


「わたし(イエス・キリスト)はぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」ヨハネ15章5節


「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。ですから、今すでにキリストの血によって義と認められた私たちが、彼によって神の怒りから救われるのは、なおさらのことです。もし敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させられたのなら、和解させられた私たちが、彼のいのちによって救いにあずかるのは、なおさらのことです。」ローマ5章6節から10節


「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです。もし私たちが、キリストにつぎ合わされて、キリストの死と同じようになっているのなら、必ずキリストの復活とも同じようになるからです。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅びて、私たちがもはやこれからは罪の奴隷でなくなるためであることを、私たちは知っています。死んでしまった者は、罪から解放されているのです。もし私たちがキリストとともに死んだのであれば、キリストとともに生きることにもなる、と信じます。」
ローマ6章4節から8節

「神の御霊に導かれる人は、だれでも神の子どもです。あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、『アバ、父。』と呼びます。私たちが神の子どもであることは、御霊ご自身が、私たちの霊とともにあかししてくださいます。」ローマ8章14節から16節


「では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」ローマ8章31.32節
「神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。『あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。』と書いてあるとおりです。しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、高さも、深さも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。」ローマ8章33節から39節


「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」ローマ10章9.10節


「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」第二コリント5章17節


「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」
ガラテヤ2章20節


「キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、『木にかけられる者はすべてのろわれたものである。』と書いてあるからです。このことは、アブラハムへの祝福が、キリスト・イエスによって異邦人に及ぶためであり、その結果、私たちが信仰によって約束の御霊を受けるためなのです。」ガラテヤ3章13.14節


「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです。
そして、あなたがたは子であるゆえに、神は『アバ、父。』と呼ぶ、御子の御霊を、私たちの心に遣わしてくださいました。ですから、あなたがたはもはや奴隷ではなく、子です。子ならば、神による相続人です。」ガラテヤ3章26節&4章6.7節