「神のすべての武具を身に着けよ!」A
エペソ人への手紙6章10節から20節
牧師 小林智彦

【神のすべての武具を身につけよ】

「悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。ですから、邪悪な日に際して対抗できるように、また、いっさいを成し遂げて、堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。」エペソ6章11節から13節

私たちキリストにある救いを受けた者たちは、霊的戦いの最前線に置かれています。
神の御子イエスさまでさえ、悪魔・サタンからの試みを受けられました。
キリストに従う者は一人の例外もなく、悪魔・サタンから試みを受けるのです。

しかし主イエスは十字架の死と復活によって、既に悪魔・サタンに勝利されました!
悪魔・サタンの頭は砕かれ、死の牙は復活によってもぎ取られたのです。
悪魔・サタンはイエスを信じる私たちから救いを奪うことは出来ないのです。ハレルヤ!

悪魔・サタンとの戦いは決して救われるための戦いではありません。それは決着済みです。
悪魔・サタンとの戦いは、地上で私たちが神の使命を果たす上での戦いなのです。

悪魔・サタンは頭と牙が砕かれてもなお、嘘・偽りの惑わす力を保っています。
私たちクリスチャンの優先順位を混乱させ、神の国と神の義を第一とすることに挑みます。
神の国と神の義ではなく、この世の名誉と快楽を第一にさせようと誘惑するのです。
私たちの救われた証、問題に勝利した証、生き生きとした賛美と祈りの声を妨げ対のです。
唯一の真の神がおられることと、我らの主が勝利されたことを世の人々に隠したいのです。

この戦いは霊的な戦いです!悪魔の頭と牙を主が砕かれたように、私たちが霊的な戦いに勝利するのもキリストが備えて下さった武具によるのです。武具を身につけましょう。
この霊的戦いに勝利し、唯一おられる真の神の栄光と救いの道を証しましょう!

【神のすべての武具】

「では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。」
エペソ6章14節から17節
【腰には真理の帯を締め】

まず神の武具として「真理の帯」を腰に締めることが教えられています。
腰は人間の力の源です。私たちの力は真理に支えられる時、実を結ぶ力になるのです。
力があっても、真理の堅い支えがないなら、その力を発揮することは出来ません。

私たちの信仰は堅い真理によって支えられ、力強く霊的戦いを勝ち進むのです。
真理に支えられた信仰に歩みましょう。信仰の支えである真理を握りしめましょう。

私たちを堅く支える信仰の真理
@天地を創造し、人間を造られた全能の父なる神、一人子イエス・キリスト、神の聖霊、この三位一体の神こそ唯一の神であり、信ずべき神であること。

Aイエス・キリストは私たちの罪の為に十字架で死なれたが、三日目に復活された。

キリストは私たちが犯した罪の罰を身代わりに受けられた。キリストの十字架で流された血、そのいのちの代価によって私たちは完全に罪赦され、永遠の滅びから贖い出された。
キリストは罪と死を滅ぼし、復活された。キリストを信じる者はキリストともに罪に死に、キリストともに復活の永遠のいのちを受けるのである。

B私たちが救われるのは、ただ救い主イエスの恵を信じる信仰による。
 
救われるために行いは要らない。イエスが私たちの為に成し遂げて下さった救いの御業をそのまま信じ、受け入れるだけで救われ、神の子とされる。この救いは取り去られることがない。

C聖書は誤りのない神の言葉であり、信仰の唯一の規範である。

私たちは信仰の対象である神、その存在と愛と義の人格について確信を持ちましょう。
イエス・キリストが成し遂げた救いの業、その救いの完全さについて確信を持ちましょう。
この唯一の神とその救いだけが私たちを救うこと!この真理に支えられる時、私たちの信仰は神と私たちを繋ぐいのちのパイプになり、聖霊が豊かにいのちと愛を私たちに注がれるのです。

真理とは疑おうとしても、決して疑うことの出来ないものです。
皆さんの信仰が真理に堅く支えられるように祈ります。

そのためには祈りを通して聖霊による啓示を求めること、また知性に於いても、聖書の確かさに関して学ぶことをお勧めします。

唯一の神の存在について、復活は本当か?信仰の確証を与える良書が幾つも出版されています。リー・ストロベルの書いた「ナザレのイエスは神の子か?」いのちのことば社をお勧めします。また内田和彦師の「キリスト教は信じられるか」いのちのことば社もお勧めです。

疑い得ない真理の支えを獲得して下さい!真理こそ偽りを武器とする悪魔・サタンとの戦いにおいて先ず腰に締めなければならない武具なのです。

【胸には正義の胸当てを着け】

武具の二つ目は正義の胸当てです。これは大切な心臓を敵の攻撃から守ります。
黙示録12章10節では、サタンをこのように表現しています。

「私たちの兄弟たちの告発者、日夜彼らを私たちの神の御前で訴えている者」

サタンは私たちを罪に誘惑しておきながら、罪を犯すと神の前に私たちを責めるのです。サタンの責めは私たちの良心をキリキリと責め上げます。
良心の呵責に耐えることはとても辛く、霊的な戦いを戦うどころか、聖い神の御前に立つことさえも難しく感じられます。心が責められると、自分のことだけで精一杯になり、とても悪魔・サタンの前に堂々と立ち向かうことが出来なくなるのです。

私たちが地上の生涯で、神に栄光を帰し、多くの実を結ぶために大切なことは、悪から離れることです。正しい良心を神の御前に守り、社会正義を実現することです!

イザヤ書58章には、偽りの断食と神の喜ばれる真の断食について書かれています。
イザヤは神の喜ばれる断食は、悪から離れ、社会正義を実現することだと教えています。
またイザヤは、神の義に生きる者の大いなる祝福を教えています。
私たちも、神の義に生きて、大きな愛の実を人生に結ばせましょう。

しかし私たちは心を込めて主に従い、愛を実践したとしても、弱く、不完全です。
特に人間関係、関係が親しくなればなるほど、弱さが出て来てしまいます。
私たちの弱さ、不完全さを覆う、イエスの義の胸当てが必要になります。

キリストの流された血潮に私たちの弱さ、不完全さ、過去の罪深い生き方が完全に覆われ、「それでもわたしはあなたを愛し、あなたの弱さをわたしが背負う」と言われる主の御声を聞き続けなければなりません。

キリストの愛と、流された血潮があなたの心を覆う時、サタンの責めの言葉は心を傷つけることが出来なくなります。イエスの赦しと愛を確信しましょう!
【足には平和の福音の備えをはきなさい】

武具の三つ目は足に履く、平和の福音の準備です。

靴を履くのは出掛ける時ですが、平和の福音の準備はいつも履いていなさいとパウロは教えています。福音を必要とする人に、直ぐに伝える準備をしていなさいと言うことです。

私たちは愛する家族や友人に、イエスさまの愛と赦し、神との交わりから来る豊かな平安を知って欲しいと心から願っています。しかし、なかなか上手く伝えられません。

タイミングの問題があります。相手が神さまを求めていない時、心を開いていない時に、いくら福音を語っても反発しか返ってきません。相手の心が開かれているか?
福音を聞く準備が相手に出来ているか?そのチャンスはいつ訪れるか分かりません。

その絶妙なタイミングを逃さず、的確に相手の分かる言葉でイエスの愛と赦しを語る為には、いつも準備していなければならないのです。

そのためには、私たちが毎日、神さまのことばに満たされることが何よりも必要です。
自分が毎日神さまと出会っていなくては、喜びに満ちた神さまとの関係を証しすることは出来ません。

福音を伝えることは決して難しくありません!
難解な神学や哲学的な学問は必要ありません。却って知識でキリスト教を伝えようとするから知識の反発や誤解が生じるのです。知識は大切ですが、いのちのない知識もあります。

大切なのは、あなたが神さまと日々、親しい関係を持ち続けることです。
毎日、聖霊に満たされ、神の言葉があなたを満たし、あなたを活かしているなら、その体験を証しすることが一番良い方法です。

先ず自らが福音の喜びに満たされて下さい。平和の福音に生かされましょう。