「神のすべての武具を身に着けよ!」@
エペソ人への手紙6章10節から20節
牧師 小林智彦

【主の大能の力によって強められなさい】

「終わりに言います。主にあって、その大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。」
エペソ6章10.11節

エペソ人への手紙の後半、「召しにふさわしい歩み」の最後の勧めの箇所です。
キリストの力強い力(大能の力)によって強められなさいとパウロは命じています。
それは私たちがこの世の生涯を力強く歩み、託されている神の使命を成し遂げるためです。

私たちが豊かな実を結ぶ人生を歩むための力は何処にあるのでしょうか?
「その大能の力によって強められなさい」とあるように、その力の源は神にあります!
私たちはこの力の源である神に、しっかりと結び付かないで歩むなら、燃え尽きます。
自分の力、自分の頑張り、自分の努力だけでは限界があるのです。(血肉の力の限界!)

燃え尽きないでクリスチャン人生を歩むため、神の大能の力によって強められましょう!神が私たちに力を与え、人生の戦いを勝利するために神が備えた武具を身につけましょう。
神の備えた武具を身につけるなら、私たちは燃え尽きることなく、神に託された使命を全うして、敗北の人生ではなく、勝利の人生を送ることが出来るでしょう。

【武具を身につける三つの理由】

@私たちは霊的戦いの中に置かれている。

「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」エペソ6章12節

「武装」や「武具」、「戦い」など、平和を愛する皆さんには聞きたくない言葉だと思います。
聖書の中心メッセージは神の愛であり、恵によって救われるのですから、戦いとは無縁のように思われるでしょう。


しかし聖書はハッキリと恵によって救われた私たち、神によって愛されている私たちは、この世にあっては熾烈な戦いの中に置かれていると教えています。

ここは戦場です!この聖書の真理をしっかりと私たちは認識し、受け入れるべきです!

戦争と言う表現が嫌いな人もいるでしょう。私も同じです。
しかし、ここでは霊的な比喩として理解して下さい。

もし、私たちが実際の戦場に放り込まれたらどうなるでしょうか?
第一に知らなければならないことは、「敵は誰だ?」と言うことです。

戦うべき相手が分からないと、私たちは同士討ちをする過ちを犯してしまいます。
過去のキリスト教会を見ると、カトリックとプロテスタントなど宗派間の争いがあったのも事実です。これなどは戦うべき相手を間違えてしまったと言えるでしょう。
それは他宗教に対しても同じです。私たちの敵は決してイスラム教徒ではありません!
仏教徒でも、ヒンズー教徒でもありません!これは決して間違ってはならないことです。
敵を間違えてはならないのです!

私たちが戦うべき相手は、悪魔、サタンです!
また神に敵対し、愛と平和、自由を妨げる文化、政治、経済システムなども含みます。
(注=これらに対しても決して実際の武器を取ることを主イエスは否定しています)

聖書は悪魔・サタンは人類を堕落に誘惑した張本人であると教えています。
私たちは聖書を誤り無い神の言葉として信じる立場なので、これを神話とせず、真理であると信じていてます。

悪魔・サタンは主イエスをも誘惑し、人類救済に失敗するよう誘惑しました。
しかし主イエスは、十字架と復活によって悪魔・サタンに完全に勝利しました。
キリストの踵は悪魔の頭を踏み砕き、キリストの復活は、悪魔の持つ死の力を破りました!
私たちはキリストの十字架と復活の力、勝利の武具で悪魔・サタンに勝利しましょう!

A邪悪な日に際して抵抗できるように。(エペソ6章13節、前半部)

「ですから、邪悪な日に際して対抗できるように・・・神のすべての武具をとりなさい。」

「邪悪な日」とは、何時でしょうか?これを特定することは出来ないように思います。
しかし、愛する者の突然の死、突然のリストラ、事故、信頼していた友人に裏切られる、事業が失敗する・・・、そのようなことが立て続けに起こることもあります。
「邪悪な日」としか呼べない、そんな危機的な日が私たちの人生に訪れる時があります。
あまりの悲しみの故に、失望の故に人生への希望を失い、前に進む力を失う時があります。

悲しみを乗り越え、希望を回復し、決して失望のまま沈み込むことがないように、私たちは神があらかじめ用意しておられる全ての武具を身に着けましょう。
キリストが与える大能の力によって、力づけられましょう!
それは決して自分の為だけでなく、回りの神の家族を励まし、助けるためでもあります。

Bいっさいを成し遂げて、堅く立つことができるために。(エペソ6章13節、後半部)

「いっさいを成し遂げて堅く立つことができるように、神のすべての武具をとりなさい。」

悪魔・サタンが私たちの敵であることが分かったら、次の段階として、この敵はどのような武器を使うのか?どのように私たちを陥れようとするのか?敵の策略を知るべきです。

悪魔・サタンの最大の武器、死の力は既に話したように主イエスによって砕かれました。
しかし、まだ幾つかの恐ろしい武器を持っているのです。その一つが「嘘・偽り」です。

悪魔・サタンはアダムとエバを「嘘・偽り」をもって誘惑しました。
神がアダムに話した言葉を偽りによって疑わせ、エバを罪に誘惑したのでした。
悪魔・サタンは今日も、私たちを「嘘・偽り」で誘惑します。
神の言葉、聖書の真理を疑わせ、否定させ、実を結ばない闇の生き方に誘惑するのです。

「この世の中は天国!決して戦場じゃないよ!聖書の言葉なんて神話さ、作り話さ」
そのようにクリスチャンを無防備にして、地雷原に誘惑するのです。

悪魔・サタンは自分の力の限界が分かります。彼らは既に自分の頭が砕かれていることを知っています。つまりクリスチャンをどんなに誘惑しても、救いを奪うことが出来ないのは知っているのです。キリストにある救いは悪魔・サタンは奪うことが出来ません!

彼らはクリスチャンの何を攻撃してくるのか?
悪魔・サタンはクリスチャンがこの世で、神の使命に生きることを妨げてくるのです!

私たちはそれぞれ、神から受けた尊い使命があるのです!
人生で果たすべき、それぞれの役割があるのです!
もし地上で果たすべき役割や、使命がないなら、救われた瞬間に昇天した方が良いのです!

私たちが地上に残されているのは、神が私たちに託している大切な使命があるのです!
私たちはそれぞれに与えられている賜物を用いて神の栄光を現す努めがあるのです!

悪魔・サタンは私たちが神の使命に生き、地上で真の神がおられることを示して欲しくないのです。悪魔・サタンは一人でも多くの人が永遠の滅びへと向かうことを願っています。
救いへと至る道を闇で隠し続けたい、キリストの勝利を隠したいのです!

悪魔・サタンはクリスチャンが輝いて、罪深い人生から立ち返った証を憎みます!
生き生きとした賛美を憎みます。キリストが生きていると力強く語ることを憎むのです。

そのために悪魔・サタンはクリスチャンの価値観に混乱を与えます。
み言葉を疑わせ、この世の価値観の方が素晴らしいと誘惑してきます。

唯一の神から「良い忠実な僕よ」と賞賛の言葉を受けるよりも、世の中の人々から金持ち、頭が良い、素晴らしいと褒められる方が価値があると思わせたいのです!

クリスチャンがこの世の金稼ぎ競争に没頭し、この世の名声を得ることに夢中になり、快楽に耽ること、さらには酒や薬やポルノに没頭させることを願っているのです。

クリスチャンが神の国とその義を忘れ、この世とその快楽を優先させることが悪魔・サタンにとっての大勝利なのです!

私たちは悪魔・サタンに騙されないようにしましょう。
この世界は戦場であり、神の使命に生き、神の栄光を現すために生かされていることを覚えましょう。神の使命とは、神を愛し、自分を愛するように隣人を愛することです。

神の栄光を現すとは、与えられた賜物(特技)を生かして、神と人に仕えることです。
救いの証、信仰によって人生が変えられたこと、問題を乗り越えたを通して神を誉めたたえることです。この大切な使命を見失わないようにしましょう。

【神のすべての武具】

「では、しっかりと立ちなさい。腰には真理の帯を締め、胸には正義の胸当てを着け、足には平和の福音の備えをはきなさい。これらすべてのものの上に、信仰の大盾を取りなさい。それによって、悪い者が放つ火矢を、みな消すことができます。救いのかぶとをかぶり、また御霊の与える剣である、神のことばを受け取りなさい。」
エペソ6章14節から17節

@真理の帯

神が私たちを強めるために備えて下さった武具の一番目は「真理の帯」です。

帯は軍装の中で重要な働きをします。それは鎧をつなぎ止める働きをするからです。
帯をほどくなら、すべて武具が外れてしまいます。帯は武具の中心です。
私たちを支える大切な帯は真理です!

真理の支えを失うと、私たちの武具は無力になります。信仰も支えを失い安定を失います。真理こそ、悪魔・サタンの偽りに対抗する力なのです!

皆さんにお尋ねしたいと思います。
「あなたの信仰は、確かな真理に支えられていますか?」

邪悪な日、悪魔・サタンが私たちを試みることを許される時、悪魔・サタンは私たちの信仰を偽りを持って攻撃してきます。

「神が存在するなんて、本当に信じているのか?証拠はあるのか?」

教会で人間関係のトラブルに巻き込まれたり、信仰上の困難が訪れると、悪魔・サタンはこの絶好のチャンスを逃しません。

その時、私たちが神という存在がいて欲しいという願望に支えられた信仰なら、簡単に悪魔・サタンの嘘、偽りに飲み込まれてしまいます。

また、悪魔・サタンは復活について、自分の生きる意味について、神の愛、救いについてしつこく騙しに来るでしょう。逃げないで真理のみ言葉によって立ち向かいましょう。

私たちが真理に支えられた信仰を得るには、真理のみ言葉、神の言葉である聖書の確かさを学び、み言葉を心に蓄えることです。神の言葉により揺るがない信仰の確信を持ちましょう。

「確信の学び」と言うバイブル・スタディーがあります。一緒に学ぶことを勧めます。
またイエスがキリストであること、聖書は信頼できる書物であることを取り扱った信仰書も数多く書かれていますので、このような本を読むことを勧めます。

み言葉を学び、み言葉の確かさを学びましょう!
真理はあなたの信仰を支え、あなた自身を試練の時に支えます。

イエスは神の一人、救い主、真の神であられ、私たちの罪の身代わりに十字架を背負われました。キリストは私たちの身代わりに死なれましたが、三日目に復活されました。
キリストの流された血潮によって、私たちの罪は赦されました!
私たちはキリストによって神の子とされ、キリストの復活のいのちにより新しく造られた者です。天地を造られた神は、私たちの父となられました。私たちは神の御国を建て上げる尊い使命が与えられた者です。これが真理です!

イエス・キリストは既に悪魔・サタンの頭を砕き、死の牙を砕かれました。
キリストにある者は、悪魔・サタンに既に勝利しているのです!これが真理です。
イエス・キリストは全てに勝る名を与えられ、その名の権威を用いることを私たちに許されました。私たちはキリストの名によって悪魔・サタンを追い出すことが出来るのです!
これが真理です。真理を握りしめて下さい!