「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます」
使徒の働き1章3節から11節、2章1節から47節
牧師 小林智彦

いま読みました聖書箇所に、ペンテコステの日に起きた出来事が詳しく書かれています。
ペンテコステ(五旬節)とは、過越しの祭りから数えて五〇日目のユダヤ教の祭りです。
この祭りの日に、イエスさまが約束されていた聖霊が弟子たちの上に臨まれたのです。

聖霊を受け、聖霊に満たされた弟子たちは変えられました!
聖霊を受ける前は、イエスさまを見捨てて逃げてしまう弱い者たち、またいつも誰が偉いかを議論していた自己中心の弟子たちでしたが、大胆にイエスを証し、自らを捨てて互いに仕え合う愛の人に変えられたのです。

あまりにも劇的な変化でした。

聖霊は神の霊であり、神ご自身です。
聖霊は弟子たちを新しい人に再創造し、キリストの体である教会を始められました。
ペンテコステの日は、キリスト教会の誕生日でもあるのです。

今日は私たちの内に助け主、神の力として住んで下さる聖霊様について、聖書から学びましょう!そして一人ひとりが聖霊様に満たされたいと願います。

【聖霊を受けることは、神の約束】

さて誰が聖霊を受けるのでしょうか?特別に選ばれた人だけが受けるのでしょうか?
そうではありません!すべてイエスを信じる人は聖霊を受けます。

「そこでペテロは彼らに答えた。『悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」使徒の働き2章38.39節

聖霊はイエスを神の一人子、救い主として信じ受け入れ、イエスが自分の罪の身代わりに十字架で死んで下さり、復活されたことを信じる者なら誰でも受けるのです!
聖霊は神ご自身であり、イエスの霊でもあるのです。
イエスを救い主として受け入れる時点で、すでに聖霊を受けているのです。

「私はクリスチャンとして不完全だから、まだ聖霊を受けていない」という人は一人もいません!「聖霊を受けるために、頑張りなさい!」、これは間違った、嘘の教えです。
聖霊を受けることは、神の約束です!イエスを信じ、受け入れた者はすでに聖霊様が心の中に住んでおられるのです。

【聖霊に満たされる時、力を受ける】

聖霊を受け、聖霊に満たされた弟子たちは上からの力を受けました。
先ほど読みました聖書箇所に書かれてあるように、彼らは別人のように変えられました。
聖霊様は人を新しく造りかえる力を持っておられるのです!

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
使徒の働き1章8節

聖霊様は弟子たちを変えたように、私たちにも力を与え、私たちを変えられます!
聖霊は私たちをスーパーマンに変えるのではありません。
大金持ちや、天才に変えるのでもありません。
聖霊は私たちをキリストの証人に変えるのです。

キリストの証人とは、私たちの生き方を通して、キリストが復活されたことを証しする人のことです。キリストの復活のいのちを受けて、心が変えられ、生き方が変えられた人、これがキリストの証人です。

皆さんは、キリストの証人です!

キリストを死から復活させた方こそ聖霊です。聖霊の力は、キリストの復活のいのちです。
聖霊に満たされ、キリストの復活のいのちの力に満たされましょう!

聖霊に満たされる時、あなたの人生は死からいのちへ、実を結ばない人生から、愛の実を豊かに結ぶ人生へと変えられるのです。

【聖霊に満たされ続ける】

私たちは、イエスを救い主として信じているのですから、聖霊は私たちの内に住んで下さっています。聖霊様に満たされることが大切です!満たされ続けることが大切です!

聖霊のいのちに満たされ、聖霊に満たされ続けるにはどうすれば良いのでしょう。

@聖霊を求める、聖霊に満たされることを求め続ける。

聖霊に満たされ、聖霊の力に満たされるには、聖霊に求めることです。

「聖霊様、キリストを私の生き方を通してあかし出来るように、私を用いて下さい!
 私をキリストの復活のいのちで満たし、私をイエスに似た愛の人に変えて下さい!」

私はこのように祈っています。必要を覚えた時はいつも、短くても祈ります。
私たちの内に住まわれる聖霊は、私たちの祈りに直ぐに答えて下さいます。
私たちがキリストの復活のいのちに満たされ、愛の人に成長することは、聖霊様ご自身が願っておられることだからです。

聖霊は私たちが聖霊様の働きに心を開くなら、喜んで力を与えて下さるのです。

Aキリストにつながり続ける。

イエスさまは葡萄の木で、私たちはその枝です。
葡萄の木であるイエスさまに、つながり続ける時、聖霊は豊かにキリストから私たちの中に流れてくるのです。聖霊は私たちの内に、愛の実を結ばせます。

キリストにつながることです。その結びつきが大きく、長ければ長いほど、私たちは聖霊に満たされます。キリストの言葉である聖書の言葉を読むこと、学ぶこと、心に蓄えること。神への賛美に満たされること。自分で賛美しても、ただ聞くだけでも良いです。
祈りの時間を確保すること。祈りも、ただ神に向かって思いを向けること、心を開いて神を思うことも素晴らしい祈りです。願いを口にすることだけが祈りではありません。

このように、キリストへの思いが心を占める時、私たちは聖霊に満たされています!
劇的な変化ではなくても、聖霊は必ずあなたの心をいのちで満たし、新しい人へと造りかえて下さるのです。

B聖霊を悲しませない。

「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。」
エペソ4章29から31節

「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません」とパウロは勧めています。
否定的で後ろ向きな考えは人生に何の良い影響を及ぼしません。
そればかりか聖霊を悲しませるとパウロは教えています。

聖霊は人格を持った神ご自身ですから、私たちの否定的で後ろ向きな態度を悲しまれるのです。聖霊はイエスを死から生き返らせる復活と創造の力を持つ神です。
聖霊を信頼しない態度は聖霊を悲しませ、聖霊にある喜び、平安、愛を消してしまいます。

隣人の理不尽な言葉や行動によって、怒りに燃え、暴言を吐きたくなることも確かにあります。悲しい出来事、辛い出来事によって心が沈み込むこともあります。
それを無理に明るく考えなさいと言っているのではありません。
自分の感情を抑圧しても、更に否定的、破壊的な感情につながるだけです。

私たちは天のお父さんに、自分の辛い気持、整理できない感情を聞いてもらうのです。
破壊的な気持、憎しみ、怒りをイエスさまの十字架に付けるのです。
無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな十字架に付けましょう!イエスさまに背負ってもらいましょう。
否定的な感情や衝動を、自分のものとして大事に抱きかかえるなら、身を滅ぼすだけです。
十字架の解決のあとには、いのちの喜び、復活のいのちが私たちを満たします。

天のお父さんにイライラ、悲しみ、辛さを十分に打ち明け、怒り、憎しみを十字架に付けてイエスさまに委ねたら、必ずスッキリした気持になります。
スッキリするまで何度でも祈りましょう。祈れない時は信仰の友に助けてもらいましょう。
聖霊様によって、心がスッキリして、平安がやって来たら、感謝と、希望、愛の前向きで肯定的な言葉を語りましょう!

聖霊様によって、心を変えてもらいましょう!気持を変えてもらいましょう!
聖霊様は私たちをキリストの証人として成長させるために、神が遣わした助け主です。
聖霊は神ご自身です!私たちの内にあって、私たちを新しく再創造されるのです。
聖霊を心から求めましょう。聖霊様に満たされることを願いましょう。