「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」
イザヤ書40章1節から8節
牧師 小林智彦

【捕囚のイスラエルに語られた希望のことば】

「『慰めよ。慰めよ。わたしの民を。』とあなたがたの神は仰せられる。」イザヤ40:1

イザヤ書は40章からガラリと雰囲気が変わります。
39章と40章の間にはイスラエル民族にとって、大きな苦しみの体験があります。
苦しみの体験とは新バビロニア王国により、国と神殿が滅ぼされ、強制的にバビロンに移住させられた、70年に渡る捕囚の体験です。
国の滅亡とバビロンへの捕囚は、前から預言されていました。
多くの預言者が、偶像礼拝を始めとしたイスラエルの罪を指摘し、悔い改めないならば、神は罰として国を滅ぼし、他国へ奴隷として追いやられることが預言されていました。
しかしイスラエルは預言者によって語られた神の警告に耳を傾けず、滅亡の預言はすべて実現したのです。

しかしイスラエルを選ばれた神は、イスラエルに対する罰を予め定められていたように、回復もまた、予め定めておられたのです!

40章から始まる慰めと回復の預言は、イスラエルがバビロンに滅ぼされる百年も前に、イザヤを通して預言されていました。
当時のユダヤ人はイザヤが何を語っているのか全く理解できなかったことでしょう。
しかし、イザヤが預言していた国の滅亡、バビロンへの捕囚、ペルシャ王クロスによる解放がことごとく実現することを通して、ユダヤ人の信仰は清められ、強められたのです。

イザヤを通して語られた預言のことばは、捕囚のユダヤ人にとって大きな慰めと希望になりました。そして、この預言のことばは私たちにとっても慰めと希望のことばなのです。

イザヤを通して語られた神の慰めと希望のことばを、私たちも受けとめましょう!
この慰めは回復の約束に基づく、確かな慰めであり、希望なのです。

【その労苦は終わり、その咎は償われた】

「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」イザヤ40:2

イスラエルの捕囚の労苦は必ず終わる!
この預言はどれほど、捕囚に苦しむユダヤ人に希望を与えたことでしょうか。
また歴史上の事実として、ペルシャのクロスによって捕囚の身を解かれた時、ユダヤ人たちはどれほど神のことばの確かさを覚えたことでしょうか。

さらに主は「二倍のものを主の手から受けた」と、回復の約束を与えています。
バビロンを出て、七十年間も廃墟のまま放置されていた、エルサレムとユダヤに帰ろうとするユダヤ人にとって、この言葉は大きな慰めと希望になったことでしょう。
故郷を立て直すだけでなく、破壊される前の二倍の繁栄、二倍の祝福を受けると約束されているのですから。

神は偶像礼拝を改めない、頑ななイスラエルに、国の滅亡と捕囚の罰を与えました。
しかし神はイスラエルに、二倍の回復、二倍の祝福も用意しておられたのです!

神は罪に対しては、必ず罰を与えます!しかし、その後は豊かに祝福されるのです。
イスラエルは神の選びの民です。しかし選びの民だからと言って、神は罪を大目に見ることはされませんでした。必ずその罪を罰せずにはおかれないのです。
しかし、神が罪を罰するのは滅ぼすためではありません!
さらに豊かな祝福を与えるために、それを妨げる罪を取り除くためだったのです。

イスラエルの罪に対しては、神は国外追放という罰を与えられます。
しかし、国を追い出されたイスラエルが、罰の期間を終え、再び祖国に帰る時、彼らは罰を受ける以前よりも、強く、大きく、信仰的にも成長して帰ってくるのです!

エジプトで四百年間も奴隷であったユダヤ人。わずか七十名のものが飢饉を避けてエジプトに下ったのでした。しかしエジプトを出る時には六十万人に増え、国を建て上げるまでに成長したのです。

バビロン捕囚から帰ってきたユダヤ人は、再び祖国を再建し、神殿を再建し、さらに聖書を中心とする宗教を確立しました。偶像礼拝の罪が徹底的に清められたのです。
そして約五百年後、約束のメシア、救い主キリストが与えられました!
しかし、残念ながら救い主を民族として拒絶したため、彼らは再び国外追放になりました。
ローマの将軍ティトスによって、神殿は焼かれ、エルサレムは滅亡しました。
ユダヤ人は世界を彷徨い、方々で虐待、虐殺されました。
最も残酷なのがドイツによる大虐殺でした。六百万人のユダヤ人がガス室などで虐殺されました。これだけ長い間、虐待され、虐殺された民族は他にはありません!
これだけ世界各地を彷徨い、虐待され続けたにもかかわらず、彼らは存在しているのです。
それだけでなく、ドイツによる大虐殺が終わった後に待っていたものは、パレスチナの地にイスラエルを再建することでした!千九百四十八年、イスラエルは再び先祖の地に帰ってきたのです!

これは偶然ではありません!またユダヤ人の努力だけでもありません!
神の約束なのです。歴史と国々を支配する唯一の神が、罪の刑罰の後、ユダヤ人に回復と祝福を備えておられたのです。

神の選びの民には、苦しみの後には、喜びが必ず用意されています!
神の選びの民には、罪がもたらす罰の後、必ず回復と繁栄が用意されています!
これは歴史を通して証明された真理なのです。

これはまた、私達への希望と約束のメッセージでもあります。

イエス・キリストは私達の罪の身代わりに、十字架の上で死の罰を受けられました!
キリストの十字架の死は、私達の罪の労苦を終わらせるのです!
キリストの十字架の死によって、あなたを苦しめる罪の労苦は終わったのです!

キリストは死なれてから三日目に復活されました。
キリストが復活されたように、あなたの人生にも回復が始まるのです!
あなたはキリストによって二倍の祝福を受けます!

あなたがどんな問題に苦しんでいるとしても、キリストにあって必ず終わりがあります!
あなたの苦しみは必ず去り、必ず倍の祝福を、受け取ります!

「荒野に呼ばわる者の声がする。『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。このようにして、主の栄光が現わされると、すべての者が共にこれを見る。主の口が語られたからだ。』」イザヤ40:3

バビロンで捕囚とされていたユダヤ人たちが、実際に解放されて祖国に帰るのには、さまざまな問題、課題がありました。まさに、そびえ立つ山のような困難です!
その道は険しく、深い谷のように、底知れない問題です。

しかし、その山のような問題はことごとく主によって崩されるのです!
底知れない深い問題も、主によって埋め立てられていくのです!

神さまはどうやって?! 私達の限られた理性で、神の業を制限してはなりません!
神は世界帝国を築いたバビロンを打ち倒すために、ペルシャ帝国を用意し、クロス王が生まれる前からクロスの名を預言し、彼を通してユダヤ人を解放させました。
祖国に帰り、エルサレムの神殿を再建する費用まで、クロス王に支払わせたのです!
神のご計画は測り知れないのです!

「荒野に呼ばわる者の声がする。『主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。』」イザヤ40:3

このみ言葉は新約聖書では、イエスさまに洗礼を授けたバプテスマのヨハネを指す預言として紹介されています。バプテスマのヨハネを始めとして、救い主イエスの救いを私達に届けるために、どれほど多くの人々が神によって立てられたことでしょう!

この救いのことばが、私達に届くために、神はあらゆる困難を乗り越えて、私達に福音を届けて下さったのです!


信仰のことばによって私達をご自分の子どもとして下さった天の父が、私達を苦しめる罪の問題を終わらせるためには、あらゆることを用いて解決に導いて下さるのです!
この慰めと希望のことばを信仰によって、受けとめましょう。

【私たちの神のことばは永遠に立つ】

「『呼ばわれ。』と言う者の声がする。私は、『何と呼ばわりましょう。』と答えた。『すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。』」イザヤ40:6〜8

このイザヤのことばは、今から約二千七百年も前に語られたことばです。
歴史を振り返ると、幾つもの世界帝国が現れては、消えていきました。
アッシリヤ帝国、新バビロニア帝国、ペルシャ帝国、アレクサンダー大王によるギリシャ、ローマ帝国などなど。どの国も世界を支配する大帝国でした。しかし、これらの国の一つでも残っている国はあるでしょうか。すべては滅び去りました。

目に見える物で、永遠に続く物など何一つ存在しないのです。
しかし、イザヤが語った神のことばは今日まで、変わらずに語り続けられています!
そして、多くの人々に真理を伝え、励ましと希望を与え続けているのです。

まさに、聖書は「生ける神のことば」なのです!

神のことばは永遠です。
神の変わらない約束のことばによって、私達は救われ、神の子とされたのです!
キリストにある救いも永遠です。神が私たちに用意されているのは、不完全でやがて滅びるこの世ではなく、神の永遠の国です。私達は神の国で永遠に神の子として住むのです。

私達、イエス・キリストによって神の子とされた者は、この視点に立って、今の世界を見渡しましょう。

聖霊様によって、このみことばが良く理解できるように祈りましょう。
私達が滅びる物と、滅びない永遠のものを確かに識別できるようになったなら、私達の人生は大きく変わるでしょう。

私達は、移り変わりやすいこの世に振り回されることなく、真の平安と安定の中に生きられるようになるはずです。


滅びてしまう物のためでなく、永遠に残るもののために大切な限られた人生を用いることが出来るようになります。それが一番後悔のない生き方だと確信します。

イザヤを通して語られたことば、また他の預言者たちを通して語られた神のことば、それらは全て聖書として私達に与えられています。今の時代は、最も幸せな時代です。
聖書がタダでもらえるのですから!そして、自由に聖書を読み、学び、伝える権利が保障されています。今は恵の時、今は救いの時です。

私達は日々、神のことばを通して養われ、導かれ、永遠にのこるものの為に生きましょう!
どんな問題も、一時的です!問題に振り回されず、み言葉に永遠の人生の基礎を据えましょう。