「信仰をもって聞く」
ガラテヤ2章16節から3章7節
牧師 小林智彦

エクレシア教会・目標聖句:ガラテヤ人への手紙3章5節

聖書朗読:ガラテヤ2章16節から3章7節

【キリストの十字架から目を離さない】

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」

このガラテヤ2章20節は、神を信じる私たちのアイデンティティーです。
自分の価値、存在理由、生きる目的、生きる意味がこの御言葉の中に凝縮されています。

今年も多くの出来事が起こることでしょう。楽しいこと、嬉しいこと、また悲しいこと、辛いこと。それらの出来事の中にあっても、振り回されず、落ち着いて、永遠にまで残る実を結ぶためには、キリストにある自分を見失わないことが大切です。

私は本当に価値ある人間なのか?何をやっても上手く行かない時、良く考えます。
しかし、このみ言葉を心の中で思いめぐらす時、確信と力が湧き上がってくるのです。
天の父なる神は、私を救うために愛する一人子イエスを与えて下さった!
イエスは私を愛して、私を救うために自らの命を十字架を通して与えて下さった!
神の目には、私は御子イエスさまと同じ価値がある存在、愛される存在。

「御子イエスを惜しまずに与えて下さった神が、私の必要を惜しむことがあるだろうか?
決してない!だから、この試練も必ず乗り越えられる。必ず助けが来る!」

私たちの心の目が、問題ではなく、いつも十字架に付けられ、そして復活されたイエスさまを見ているなら大丈夫です!キリストの十字架と復活のなかに解決があるからです。
イエスから目を離さないこと、問題に目を奪われないことが大切です。

「ああ愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に、あんなにはっきり示されたのに、だれがあなたがたを迷わせたのですか。」
ガラテヤ3章1節

イエスから目を離したガラテヤ教会のクリスチャンたちは、信仰の危機的な状態に突き落とされてしまいました。


私たちを滅びに向かわせようとする、悪と死の力が私たちを攻撃してくる時があります。
イエスではなく、問題にだけ、私たちの目を向かわせようとします。
私たちがイエスから目を離す時、問題は本当の問題になります!

このように考える人があるかもしれません。「問題の渦中にある時は、問題に時間を取られて教会に来ることも、聖書を読む時間もありません!どうやって、そんな時イエスさまを見上げるのか?」と。

私はイエスさまの御手の中に、現実の問題を見るようにしています。
イエスさまの勝利の御手に、すでに問題が握られていることを見るようにします。
確かに問題を解決するのは大変です。しかし、その力もキリストから来ることを覚えます。
現実の問題とイエスを切り離して見ないようにしましょう。

問題がすでにキリストの御手に握られているのなら、問題はすでに問題ではなく、神の栄光が顕れるための大切なステップに変えられるのです!

キリストの十字架と復活の中に、私たちの価値、存在理由、生きる目的があります。
今年一年、そしていつまでも、私たちの主イエスから目を離さないで歩みましょう!

【キリスト者の成熟は人間的な努力ではなく、聖霊による】

「ただこれだけをあなたがたから聞いておきたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行なったからですか。それとも信仰をもって聞いたからですか。あなたがたはどこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなたがたが、いま肉によって完成されるというのですか。」ガラテヤ3章2.3節

私たちの人格的な成長は、頑張りや努力によってはもたらされません。
私たちの人格的な成長、クリスチャンの品格は聖霊によって養われるのです!

頑張って、苦しいのに無理して、やりたくないのに、良いクリスチャンを演じたり、律法を守ろうとすると必ず反動が来ます!神に対して、教会や牧師に対して怒りが起きます。もちろん牧師が、律法を押しつけたり、クリスチャンらしい偽善を押しつける場合は、牧師に非があります。だから皆さんにお願いします。無理しないで下さい!
行動だけを変えようとしないで下さい。本音を大切にして下さい。
本音を無視した人格的成長はあり得ません。

律法、宗教的な行為は、私たちの行動や外面を変えますが、内面を変えることには限界があります。もちろん良い行いを否定するのではありません。
また、確かに良い行動を意識的にすることによって、内面が変えられることもあります。
良い習慣を身につけることは大切なのです。

しかし、それが辛い時、怒りを覚える時、無理をしている時は直ぐに止めるべきでしょう。神さまによって解放されなければならない、内面の課題が残っているからです。

クリスチャンの成長は、神を知る以上に、成長することはあり得ません。
神を知るとは、私たちの人生において個人的に神の愛と赦しを体験することです。
それが聖霊を受けることです!

パウロは「御霊で始まったあなたがた」とガラテヤ教会の信徒に語りかけています。
私たちも同じです。私たちのクリスチャンライフも聖霊によって始まったのです。

キリストが十字架に付けられ、死んで葬られ、三日目に復活したのは、私たちの罪を赦すためであり、私たちが滅びることなく、キリストとともに永遠を生きるためである。この信仰のことばを聞いて、心に受け入れた時、つまり個人的な体験としてキリストの愛と赦しを受け入れた時、信仰生活が始まったのです。これが聖霊を受けることです。

聖書のことばは、実に二千年も前に書かれた古いことばです。
しかし、信仰をもって聞く時、神の霊が働かれるのです!
聖書にある神の愛と赦しが、信仰のパイプを通して私たちの心に注がれるのです。
私たちの霊と魂が、神の愛と赦しを知れば知るほど、私たちの心はキリストに似た者に変えられていきます。聖霊が私たちを変えるのです。

知識として神を知るだけでは、私たちの人格は変わりません。
信仰によって、聖霊がみ言葉を通して私たちの心に触れる時、私たちは神を知り、私たちはキリストに似た愛の人に成長するのです。

私たちにとって、大切なこと!それは「信仰をもって聞くこと」です。
これが今年のエクレシアの目標聖句です。

【信仰をもって聞く】

「とすれば、あなたがたに御霊を与え、あなたがたの間で奇蹟を行なわれた方は、あなたがたが律法を行なったから、そうなさったのですか。それともあなたがたが信仰をもって聞いたからですか。」ガラテヤ3章5節

ぜひ、このみ言葉を黙想して下さい。熟読して下さい。あなたの信仰を大きく成長させる信仰の秘訣が記されています。

パウロはキリストから目を離し、信仰の危機的状態に追い込まれたガラテヤのクリスチャンに、もう一度原点に立ち返ることを求めています。

それが「信仰をもって聞く」ことです!

信仰をもって聞く時、神の霊は私たちの心に臨まれます!
信仰をもって聞き続ける時、神の霊は私たちの心に住まい、御業を為されるのです!
信仰をもって聞く時、聖霊は私たちの人生に奇跡を行われます!
神の偉大な力が、私たちの人生に解き放たれるのです。

ぜひ、順番を間違わないで下さい。

私たちは、ガラテヤのクリスチャンのように真面目です。
だから宗教的な教えに騙されやすいのです。

私たちは、良い行いをしたら、ご褒美のように神の霊に満たされ、奇跡が人生に起きると考えやすいのです。教会活動を熱心にしたり、宗教的な生活を送れば、神に愛され、良いことがたくさん起きると考えやすいのです。しかし、それは全くの反対です!

私たちは、良い行いをしたら聖霊に満たされるのではありません。
聖霊に満たされるから、良い行いが自然に出来るように変えられるのです。

教会活動や奉仕をたくさんしたから、神に愛され、神の奇跡を体験するのではありません。まず始めに神に愛され、神の癒し・赦し・愛を体験するから、心から神の教会と、神を求める人々に仕えることが出来るのです!

愛するから、愛されるのではありません。(これは宗教の世界)
愛されたから、愛せるように変えられるのです!(これが福音、恵の世界です)

だから、皆さん信仰をもって聞きましょう!

いま、もしあなたがキリスト教の知識が全くなくても、何一つ人に誇れることが無くても、罪深い生活、悪習慣から抜け出せない生活、人生のどん底にいても、信仰をもって福音を聞くならば、信仰をもって神のことばをきくなら、あなたの人生には奇跡が起きます!
あなたの人生に、神の介入が起きるのです!

私がフィリピンの神学校で研修を受けていた時のことです。学長のマー先生が証をされました。マー先生はフィリピンの山岳民族に福音を伝える宣教師であり、また刑務所に服役している囚人にも熱心に福音を分かち合う働きをされていました。

昔の話しですが、ある服役中の囚人が福音を聞き、イエスさまを信じて救われました。
そうです、信仰をもって彼は福音を聞いたのです。
彼は、多くの人を殺し、極悪な事件を引き起こした囚人でした。死刑にならないのが不思議なほどの極悪人でした(フィリピンに死刑制度が無かったからかもしれない)。
しかし、彼は神の愛と赦しに触れ、彼自身が愛と赦しの人に変えられました。

彼はどんどん神を愛する人になり、神との関係は日々深まっていきました。
彼は刑務所内の囚人を愛し、熱心に福音を伝えるようになりました。
そして彼は出獄して、刑務所の外の人々に福音を語る希望が聖霊によって与えられました。

昔の彼を知っている囚人仲間は、彼を嘲笑ったそうです。
そうです。死刑にならないのが不思議であって、無期懲役は変わらない。何をしても、どうやっても、刑務所から出られるはずはないのです!
しかし、彼は聖霊によって、出獄できる希望が日々強まっていきました。

そして常識では起こりえないことが起きたのです。
なんとマルコス独裁政権が崩壊し、アキノ氏が大統領に就任したのです。アキノ大統領は大規模な恩赦を囚人に施し、この囚人も恩赦の対象に選ばれ、出獄したのです!

死刑を待つばかりの死刑囚、人間的な希望はあり得ない囚人、しかし信仰をもって福音を聞く時、聖霊が臨み、奇跡が起こるのです!

このメッセージを聞いている人の中には、死刑を待つばかりの死刑囚はおられないと思います。しかし、もしそのような状況の人、何をしても自分の力では否定的な状況を変えられない人であっても、あなたが信仰をもって福音を聞くなら、聖霊はあなたに臨み、あなたの人生には神の奇跡が起きるのです!

信仰をもって福音を聞き、あなたに語りかける聖霊の声を聞き続けることです!

あなたがたに御霊を与え、あなたがたの間で奇蹟を行なわれた方は、あなたがたが律法を行なったから、そうなさったのですか。それともあなたがたが信仰をもって聞いたからですか。

信仰をもって福音を、信仰をもってあなたの心に語りかける聖霊の希望と励ましを聞き続けましょう!今年、あなたの人生に大きな神の奇跡が起きます!