「ダビデのもとに集まった勇士たち」
第一歴代誌12章
牧師 小林智彦

【ダビデのもとに集まった勇士たち】

「日に日に、人々がダビデを助けるため彼のもとに来て、ついに神の陣営のような大陣営となった。」第一歴代誌12章22節

第一歴代誌は、ダビデが如何に王国を建て上げ、礼拝を確立したのかが描かれています。
ダビデ王は信仰と勇気に満ちあふれた、優れた人物でありました。
しかし、どんなに優れた信仰者であっても、一人きりでは国を建て上げられません。
ダビデを信頼し、命懸けでダビデを支えた勇士たちの存在がありました。
王国はダビデと、ダビデのもとに集まった勇士たちによって、建て上げられたのです。

今日は、ダビデのもとに集まった勇士たち、彼らの信仰と心構えから学びましょう。

①勇士たちは、神のことばに従う人たちだった。

「主のことばのとおり、サウルの支配をダビデに回そうと、ヘブロンにいるダビデのもとに来た、武装した者のかしらの数は次のとおりである。」第一歴代誌12章23節

「主のことばのとおり」とあるように、ダビデ王のもとに集まった勇士たちは神のことばに従い、仕える人々でした。

神が立てた王が存在するのに、自分の考えでダビデに付くならば、それは反乱です。
神は秩序を重んじる神ですから、決して反乱軍を祝福することはありません。
しかし勇士たちは、神のことばに従って、ダビデを王とするために集まったのです。

勇士たちはみことばに従って、自分の行動を決めました。
目に見える権威と、神のことばが異なる場合は、命懸けで神のことばに従いました。

この心構えは、教会の基礎を建て上げた使徒たちの中にも見られます。

「彼らが使徒たちを連れて来て議会の中に立たせると、大祭司は使徒たちを問いただして、
言った。『あの名によって教えてはならないときびしく命じておいたのに、何ということだ・・・』ペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。『人に従うより、神に従うべきです。』
使徒の働き5章27節から29節

使徒たちは権威に従う人々です。しかし、この世の権威と神のことばが食い違う時は、迷わず、そして命懸けで神のことばに従いました。

使徒たちが、神のことばに忠実に従ったので教会の基礎は堅固に建てられたのです。

イスラエル王国も、神のことばに忠実に従う勇士たちによって建て上げられました。
私たちも、この勇士と使徒たちの信仰の姿勢に従いましょう。
みことばに忠実に従う心構え、これが神の国を建て上げるのです。

みことばに従うことは、あなたの人生の土台も堅固にします。

私たちは様々な価値観のなかに生きています。神のことばと異なる価値観もたくさんあります。私たちが神のことばではなく、この世の価値観に従うなら、人生の土台は不安定になります。なぜならこの世の価値観は、いつも変わるからです。

しかし、神のことばは変わることがありません!

神のことばに従う時、私たちの人生は安定し、そして神の国を建て上げるために用いられるのです。勇士たちのように、使徒たちのように、心から神のことばに従いましょう。

②勇士は祈りの人であった。

「イッサカル族から、時を悟り、イスラエルが何をなすべきかを知っている彼らのかしら二百人。彼らの同胞はみな、彼らの命令に従った。」第一歴代誌12章32節

勇士に見られる優れた信仰姿勢の二番目は、祈りです。

32節には、直接、「彼らは祈りの人だった」とはありません。しかし、「時を悟り、イスラエルが何をなすべきかを知(る)」には、祈る以外にはあり得ないと思います。

祈りは、私たちの心に神のことばを悟らせます。
悟るとは、真理を実際の生活、実際の現場に適用、当てはめることです。
「時を悟り」とは、祈りの中で、みことばを何時、行動に移すべきかの確信を得たと言う意味でしょう。彼らは祈りの中で、みことばをどのように、何時、行動に移すべきかを確信を持って知ったのです。

私たちも、悟ることが大切です!イエスさまも「種まき人のたとえ」で教えています。

「ところが、良い地に蒔かれるとは、みことばを聞いてそれを悟る人のことで、その人はほんとうに実を結び、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結びます。」マタイ福音書13章23節

実を結ぶには、みことばを悟ることが不可欠です。
そして、悟りは、祈りを通して、私たちの心に聖霊様が与えて下さるのです。

祈りとは、自分の願望を神に伝えるだけではありません。
聞く祈りもあるのです。静まって、聖書の神のことばを何度も何度も黙想する。
神のことばを悟らせるのは聖霊様ですから、聖霊に願いつつ、何度も思い巡らすのです。
聖霊様が、心に強い確信を与えるまで、ねばり強く思いめぐらすのです。
直ぐに、確信や知恵が与えられる時もありますが、何日も掛かることもあります。
しかし、辛抱強く祈り心を持ってみことばを思いめぐらすなら、必ずその言葉を悟ることが出来ます。自分が置かれている状況に合わせて、どのように当てはめるのか、知恵と導きが必ず与えられます。

イエスさまは祈りの人でした。祈りつつ、イエスさまは聖霊によって時を悟っていたのだと思います。ヨハネによる福音書には「時」という言葉が、重要な意味を持っています。
イエスさまは、ご自分の時を知っておられました。

「あなたがたは祭りに上って行きなさい。わたしはこの祭りには行きません。わたしの時がまだ満ちていないからです。」ヨハネ7章8節

イエスさまはご自分の時を悟っておられました。
自分に与えられた時間を、最大限に活用することが出来たのです。

私は良く料理をするのですが、料理においては、良い食材とともにタイミングが大切です。野菜を炒めるのでも、火が通るのに時間が掛かるものから先に炒めなければなりません。調味料を入れるのも、最初から入れてしまったら鍋に焦げ付いてしまいます。
下味を付ける時も、気を付けないと、大切なうま味が出てしまったりと、何をするのにもタイミングが大切です。どんなに良い食材があっても、タイミングがずれていたら、その食材の持ち味をまったくダメにしてしまうこともあるのです。

私たちの人生も同じです!時を悟らなければ、効果的な働きが出来ないのです。
どんなに有能で知識があっても、それを活かすタイミングを聖霊様に聞かなければ、効果が半減してしまうのです。


勇士たちは、時を悟っていました。彼らは自分の能力以上の働きをし、実を結びました。私たちも、聞く祈りをしましょう。みことばを思いめぐらし、聖霊様から来る確信を待つ時間を持ちましょう。あなたの人生がさらに多くの実を結ぶためです。

③勇士たちは誠実な心を持っていた。

「誠実な心で、並び集まったこれらの戦士たちは、ヘブロンに来て、ダビデを全イスラエルの王にした。イスラエルの残りの者たちもまた、心を一つにしてダビデを王にした。」
第一歴代誌12章38節

勇士たちは「誠実な心」を持つ者たちでした。
「誠実」とは、私利私欲に走らず、イスラエルの国の幸せを第一に願い、行動する者です。自分にとって、サウルに従う方が利益になるか?ならないか?ではなく、イスラエルの将来にとって、サウルとダビデ、どちらを応援する方が益になるのか?これを考えたのです。

「誠実」さは大切です。「誠実」に歩む者は、決して迷うことがありません。

イエスさまは、私たちに「神の国とその義をまず第一に求めなさい」と教えられました。これが最善の生き方、実を結び、そして平安と喜びに満ちた生き方だからです。

この反対の生き方、それは自分の王国、自分の正しさを第一にもとめる生き方です。
自分だけを喜ばせ、人を自分に仕えさせる生き方、それは一番貧しく、不安と不平に満ちた生き方になります。

私は先週、温泉旅行に行ってきました。久しぶりの温泉だったので、本当に楽しかったです。宿について、まず一風呂。食前食後にも温泉に浸かり、宿を出る前にも入りました。温泉大好きです!

しかし、大好きな温泉も、滅多に行けないから楽しく、好きなのです。
これが毎週末、温泉に行くようになったら、楽しいどころか、辛くなるでしょう。
たまに行くから、温泉旅行は楽しいのです。

自分を喜ばせよう、そのためだけに生きるなら、人生は却って苦痛になり、喜び、楽しみは逃げていきます。美味しいステーキや、美味しいケーキも、毎日、毎食食べていたら、体はボロボロの不健康、そして美食も苦痛になります。

自分の喜びにだけ生きる人生は、喜びの底が浅いのです!

深い喜び、汲めども汲めども尽きせぬ喜びの生き方、それは神と人に喜ばれる生き方、隣人を愛し、喜ばす生き方、これこそが私たちの人生に深い喜びをもたらすのです。

自分の働き、自分の生き方が、誰かを喜ばせ、良い影響を与えることほど嬉しいことはありません。自分の存在が喜ばれ、自分の価値が正しく認められるからです。

人々に良い影響を与える人生、人々の必要を満たし、喜ばれる人生、それは限りない喜びを私たちの心に与えます。これはなくなることのない喜びです。

ダビデの勇士たちは、誠実な心を持っていました。
彼らは自分の行動が、国を建て上げ、国民を幸せにすることを知っていました。
それが彼らの喜びでした。

私たちも、私たちの行動が、神の国を建て上げ、人々に永遠の命と救いを与えることになるなら、どれほどの喜びが心に湧き上がることでしょう。

また誠実に歩む者には友が与えられます!

勇士には、同じく誠実な心で歩む勇士が与えられました。
彼らは一致して、ダビデを王としたのです。

自分のことにだけ熱心な人、自分のためだけに生きる人には、友は出来ません。
仲間も出来ません。しかし、神の国と神の義を求める者には、神がともとなって下さり、同じ心を持つ者たちが集まってくるのです。

誠実な心を神に養って頂きましょう。
自分のためだけに生きる生き方が、空しいことを聖霊様に悟らせて頂きましょう。

神と隣人を愛し、その人たちを幸せにするために生きましょう。
それが誠実だと確信します。