「あなたの敵を愛しなさい」
ルカ福音書6章27節から38節
牧師 小林智彦

【あなたの敵を愛しなさい】

「しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。」ルカによる福音商6章27節

イエスさまはこのメッセージを、ガリラヤ湖畔に集まった群衆に向けて語られました。
このガリラヤ湖畔の群衆に向けて、このメッセージを語られたのには意味があります。
普遍的な意味で、「あなたの敵を愛せよ」というメッセージもインパクトがあります。
しかしガリラヤ湖畔に住む人々にとって、「あなたの敵」と言われると、直ぐに思い出す具体的な敵が存在したのです。それはローマ人でした。

この当時、イスラエルはローマの支配下に置かれていました。
民族意識の強いユダヤ人はローマの支配を心から憎んでいました。
特にガリラヤ湖周辺は、熱心党の活動が活発でした。
イエスさまの弟子の一人にも、熱心党員と呼ばれるシモンがいます。

熱心党とは、確かな政治目標のある政治団体ではありません。
ローマへの憎しみから誕生した、テロリストの集まりです。
熱心党員は短剣を隠し持ち、ローマ兵を暗殺する機会を伺っていました。
イエスさまのメッセージを聞いていた群衆の中には、このような熱心党員が数多く含まれ、また彼らの考えを支持する人々が殆どだったと思われるのです。

「あなたの敵を愛しなさい」、具体的に敵の顔が浮かんでくる人にとっては衝撃的なメッセージです。特に敵を恨み、憎み、復讐することが当然と考えている人にとっては驚きの言葉だと思います。

ローマを憎む人々は、「そんなこと出来るはずがない!」と反発したでしょう。
しかし、イエスさまはそのような人々に対してさらに続けました。

「あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい。」ルカ福音書6章29節

マタイの福音書には、「右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」とあります。
そしてマタイには続いて「あなたに一ミリオン行けと強いるような者とは、一緒に二ミリオン行きなさい」とあります。

この二つの行為はローマ兵がユダヤ人に対して行っていたことでした。
普通、右利きの人が人の頬を打つなら、左の頬を打つのです。しかし、右の頬から打つのは、人を辱め、侮辱するための見せしめの往復ビンタのことなのです!
ローマ人は反抗的なユダヤ人をこのように辱めていたのです。

一ミリオン行けと強いるのもローマ人です。一ミリオンとは1500メートルです。
ローマ兵は市民権を持たないユダヤ人に対して、一ミリオンまでの距離なら労働を課すことが出来ました。ローマ兵に命じられたら、断ることが出来なかったのです。
イヤイヤ働かせられ、重い荷物を担がせられ、牛や馬のように扱われました。

ユダヤ人、特にガリラヤの人々はこのような背景から、ローマ兵を心から憎み、その憎しみを増大していったのです。その中からテロリストの熱心党が生まれ、テロ行為を行い、またいつ戦争に発展しても不思議ではないほどに憎しみが増大していたのです。

しかし、イエスさまは復讐ではなく、愛すること、それも積極的に別の頬を向け、一ミリオンではなく、二ミリオン一緒に行けと教えられたのです。

「あなたの敵を愛しなさい」、これは決して負け犬になれと言う意味ではありません!
決して敵に媚びを売りなさいという意味でもありません。

「あなたの敵を愛しなさい」とは、「愛を持って敵に勝利しなさい」との意味なのです!
イエスさまは「愛で敵に勝ちなさい!決して暴力やテロ行為で勝とうとしてはならない」と教えているのです。

【歴史は、愛こそ敵に勝利する、最善の方法だと証明している】

愛で、本当に敵に勝てるのでしょうか?アーメンです!
歴史も、愛こそ、敵に勝利する最善の方法であることを証明しています。

黒人への差別撤廃を求めて活動したマルティン・ルーサー・キング牧師はその例です。
彼は黒人への不当な差別を撤廃するために、テロや暴力の手段を一切用いませんでした。徹底的に、非暴力による抵抗活動を繰り広げたのです。
そして彼と彼の活動は勝利しました!黒人への不当な差別は撤廃されていったのです。
キング牧師はまさに「あなたの敵を愛しなさい」を実行した人物でした。

またクリスチャンではなくても、イエスの言葉を実行した人物がいます。
インドの政治家ガンジーです。彼も非暴力による抵抗活動によって、インドの独立を実現させました。

愛は決して無力ではありません!愛こそ、敵に勝利する最善の道です!
愛こそ、問題を解決する具体的な道です。私たちは愛によって、敵に勝利しましょう。

暴力や憎しみは問題を決して解決しません!
テロ行為は何の問題の解決にもならないばかりか、問題をさらに悪化させます。
憎しみと暴力は、滅びへの道です。憎しみと暴力は、悲しみと苦しみしかもたらしません。

今の現実に起きている問題を見てみましょう。
パレスチナの問題は泥沼状態です。それはイスラエルもパレスチナ人も暴力で問題を解決しようとしているからです。報復は報復を呼び、憎しみは憎しみを増大させます。
イラクやアフガニスタンも同じです。暴力と憎しみは決して問題を解決しません!

「あなたの敵を愛しなさい」と、イエスさまから直接、問題の素晴らしい解決方法を教わったガリラヤの人々は、残念ながらイエスさまの言葉に従いませんでした。
彼らはローマ人を憎み続け、遂に戦争へと発展しました。その結果、AD70年に、ガリラヤのユダヤ人たちはローマ兵によって滅ぼされました。エルサレムは陥落し、ユダヤ人は国を失ったのです。ユダヤ人は1900年間も世界を放浪しなければなりませんでした。

この悲劇は、彼らが愛ではなく、憎しみと暴力を選んだ結果なのです!
イエスさまは、彼らが憎しみと暴力を選ぶならば、どんな悲惨な結果が待っているのかを知っていました。だからガリラヤの人々の反発を恐れず、彼が生きる道を示されたのです。

ガリラヤの人々はローマに滅ぼされ、ユダヤ人も国を失いました。
しかし、イエスさまの弟子たちはイエスさまの言葉を忠実に守りました。
敵であるローマ人を愛したのです!
弟子たちはローマに神の愛を伝えました。赦しと祝福を伝えました。
迫害され、誤解されましたが、赦し、祝福し、愛し続けました!
その結果、年月はかかりましたが、ローマはイエスの前に跪き、イエスを主としたのです。ローマは史上初のキリスト教国になりました。愛が遂に勝利したのです!

イスラエルが国を挙げて戦っても成し遂げられなかったことを、イエスの弟子たちは愛で成し遂げたのです。なぜなら愛こそ、敵に勝利する最善の道だからです!

私たちも、憎しみや暴力ではなく、愛によって勝利しましょう!
愛によって、あなたは勝利者です!

【敵を愛するとは・・・】

それでは、敵を愛するとは具体的に何をすることでしょうか?
まず、何度も言いたいのですが、敵を愛するとは、負け犬になることとは違います。
愛することは敵に勝つことなのです。負けることとは違います。
また、敵に媚びることでもありません。敵に気に入られることでもありません。
敵を好きになることでも、敵の言いなりになることでもありません。

「しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。」ルカ福音書6章27.28節

敵を愛するとは、

①あなたを憎む者に善を行いなさい。

善を行うことです。悪意に対して、悪意で返さないことです。
無視する人に、無視で返さないことです。陰口をたたく人に、陰口で返さないことです。相手の悪意ある行動で、自分の行動を変えるのでなく、絶えず善を行うことです!

相手の悪意によって、自分の行動を変えるなら、自分を支配しているのは敵になります。悪意に対して悪意で返す時、すでに私たちは負けているのです。
善を行って、敵に勝ちましょう!あなたの行動を敵に支配されてはいけません。

②あなたを呪う者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。

敵を祝福する時、直ぐに変化が起きるのは私たちの心です!
敵を祝福することによって、私たちは憎しみ、恨みから解放されるからです。
人を恨む、人を憎む、この恨みと憎しみが持つマイナスのパワーは強烈です。
憎しみと恨み、また怒りが、どれほど多くの人を胃潰瘍や高血圧、また不眠症、精神的な病気にしているか分かりません。憎しみと恨みは相手を滅ぼすのではなく、自分を滅ぼすのです。人を恨めば穴二つと言う言葉があります。真理です。恨み・憎しみは相手だけでなく、自分を一番不幸にするのです。このマイナスの力から私たちを解放するのが、祝福です。敵を祝福する時、私たちは憎しみ・呪いから解放されるのです。

敵を祝福することによって、自分の心を滅びから解放して下さい!
呪いは自分を滅びに縛り付けます。祝福は自分を解放します。

③敵からの報いを期待しない。

「ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。」ルカ福音書6章35節

敵から報いを期待しないことです。返してもらうことを期待すると、特に敵に期待すると、失望が大きくなるからです。私たちは確かに報いが必要です。しかし、それを敵に求めると裏切られ、失望が大きくなります。

敵に期待することは止めましょう!敵からの報いを期待することは止めましょう!
敵ではなく、天の父からの驚くべき報いに期待しましょう。
イエスさまが「あなたがたの受ける報いはすばらしい」と約束されているからです!
この素晴らしい報いは、天の父から来るのです。

私たちが期待すべきは、敵の変化や、敵からの報いではなく、ただ神からの報いです!
敵に期待すると、やはり敵に振り回されます。神を見上げ、神に期待し続けましょう。

【敵を愛する力】

敵を憎み、敵を呪うよりも、愛し、祝福する方が勝利への確実な道であることを分かっていただけたと思います。歴史も、同じことを証明しています。
しかし、分かっていても、敵を愛せないのが私たちです。
赦しよりも憎しみの方が、祝福よりも呪いと怒りの方が、簡単に出てきます。
赦そう、祝福しようとしても、出来ない、愛したいとも思えない。
敵を愛する、その愛の力を私たちはどこから受け取ればよいのでしょうか?

「あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。」ルカ福音書6章35.36節

イエスさまは、敵を愛するのは、天の父なる神が取られた方法だと教えています。
天の父は「恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです」。
そして「恩知らずの悪人」とは、神を拒絶していた頃の私たちではないでしょうか?

「私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために死んでくださいました。正しい人のためにでも死ぬ人はほとんどありません。情け深い人のためには、進んで死ぬ人があるいはいるでしょう。しかし私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」ローマ5章6節から8節

私たちはキリストの愛と赦しを知ったからこそ、神を受け入れ、恵によって悔い改めに導かれたのです。

もし神が、私たちが完全にならなければ愛さないと条件を付けていたら、誰が救われたでしょう。また誰が罪を悔い改め神に立ち返ったでしょう。

赦しがあるから、私たちは自分の罪を認めることが出来るのです。
憐れみがあるから、自分の非を素直に認めることが出来るのです。

憎しみから、愛は生まれません!呪いから、和解は生まれません!

私たちの敵がその過ちを認め、心が変えられるのに必要なのは、やはり愛と赦しなのです。
愛と赦しの力を知った私たちが、愛と赦しに生き、回りの人々に和解の道を示すことこそ神が願われていることなのです。

私たちが愛と赦しに生きる力、その原動力は、神がまず、不完全で罪人であった私たちを
愛し、赦して下さった、その大きな愛にあります!
神はこの赦しと愛の力を、聖霊にあって私たちに注いで下さるのです。

私たちはイエスを信じる信仰によって神の子供です。
神の子供は、その親に似るのです。神は愛と赦しを、聖霊によって私たちに注いでいます。愛と赦しに生きる力を神に求めましょう。

〈 祈 り 〉

今、私たちの罪のために十字架に付けられたイエスさまを見上げましょう!
私たちの罪を全てその背中に負い、鞭を受け、辱めを受けられたイエスさまを見上げましょう。その流された血によって、私たちは自分の犯した罪の重さを知り、また赦しを確信しました。

「いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。」

敵とは、誰でしょうか?それは一人ひとり、置かれている状況によって違うでしょう。
聖霊は誰を愛すべきなのか、誰を赦すべきなのか、あなたの心に示しておられるはずです。

私たちが、その敵と思える相手に取っていた行為や態度は、天のお父様を喜ばせる物だったでしょうか?もし、父が喜ばれない態度を取っていたら素直に父に謝りましょう。
そして、愛し、赦すための力を父に求めましょう。

天のお父さん、私をあなたに似た者と変えて下さい!
私の心を愛と赦しに生きられるように、聖霊様によって造りかえて下さい!
心から祈りましょう。自分の言葉で祈って下さい。

愛と赦しは私たちの頑張りや努力では出来ません。疲れてしまいます。
聖霊によって心が愛と赦しで満たされるように祈り求めましょう。
心が変えられるまで、行動に移さなくても大丈夫です。
まず聖霊によって、心が変えられることを願い、聖霊様の働きに心を開きましょう!