「かめの粉は尽きず、油はなくならない」
第一列王記17章1節から16節
牧師 小林智彦

【イスラエルのアハブ王】

「ギルアデのティシュベの出のティシュベ人エリヤはアハブに言った。『私の仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。私のことばによらなければ、ここ二、三年の間は露も雨も降らないであろう。』」第一列王記17章1節

今週の聖書通読箇所は、第一列王記の12章から22章までです。
12章にはイスラエルの国が北と南に分裂する悲劇が書かれています。
北イスラエル王国はヤロブアムが王となり、南ユダ王国はソロモンの子、レハブアムが王になりました。その分裂はレハブアムが若く、高慢なために引き起こされた悲劇でした。

ソロモンは国を大きく繁栄させましたが、彼の贅沢な暮らしぶりのために、国民は重い税金で苦しめられていたようです。息子のレハブアムが代わって即位した時、国民は減税を求めました。ところがレハブアムは国民の訴えに耳を貸さず、さらに重税を課し、厳しく取り立てると民を脅したのです。すると、イスラエルの十部族はレハブアムに従うことを拒否し、ヤロブアムを王にしました。

しかし、この国の分裂に関しては父のソロモン王が偶像礼拝の罪を犯した時から、預言されていた呪いでした。

北イスラエル王国もヤロブアム王が偶像礼拝を国に持ち込みました。
ヤロブアムは北イスラエルの国民が、エルサレムの神殿に上らないように、金の子牛の偶像を造って、国民に拝ませたのです。国民を自分の支配下に留めようとするためでした。

北イスラエルはヤロブアムの罪を引きずり、神の前に偶像礼拝の罪を重ねていきました。
神は北イスラエルと南ユダが悔い改めるように、何度も預言者を遣わして罪を責めました。
そして、北イスラエルに遣わされた預言者の代表がエリヤでした。
また北イスラエル王国を代表する悪王がアハブ王と、王妃イゼベルでした。
アハブ王とイゼベルは、イスラエルにバアル教を導入した王です。

イスラエルが分裂する原因、それはソロモン王の偶像礼拝にありました。
偶像を拝むなと十戒の中にハッキリ記されているにもかかわらず、なぜ北イスラエルも南ユダも、主を捨てて、進んで偶像礼拝を行ったのでしょうか。

王の努めは、イスラエルを最も繁栄した国にすることによって、国々に主を証しすることでした。国の繁栄と力は神からの賜物です。それを通してイスラエルに真の神がおられることを証し、またイスラエルの民を幸福にすることでした。

ところが王は、神から与えられた繁栄と力を自分のものだと勘違いをし、神と国民に仕えることを忘れ、堕落して自分の欲望に仕えるようになったのです。

神と人々に仕えることを止めて、自分の欲望に仕え、欲望を第一とする生き方、これを偶像礼拝と呼びます。

「ですから、地上のからだの諸部分、すなわち、不品行、汚れ、情欲、悪い欲、そしてむさぼりを殺してしまいなさい。このむさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです。」
コロサイ人への手紙3章5節

パウロは偶像礼拝とはむさぼる心だと教えています。
十戒の最後の戒めは「むさぼってはならない」です。むさぼりとは、自分の物ではない物を欲しがることです。結婚しているのにもかかわらず、他の異性を求めることはむさぼりです。お金を必要とすること、豊かな生活を願うことはむさぼりではありません。
しかし、どうやっても手に入らないような額のお金を願い続けることはむさぼりです。
そして、むさぼりの象徴が偶像なのです!

私はレハブアムが自分の繁栄とプライドを守るために、国民に対して更なる重税を課すと脅した姿から教訓を得ました。またヤロブアムが自分に与えられた王国を守るために、偶像礼拝を始めたことからも教訓を得ました。

何を教えられたか? それは人に影響をあたえる立場にある人は守りの姿勢に入ってはならないと言うことです。また、その立場を悪用しては決してならないと言うことです。

教会の牧師も、気を付けないとレハブアムやヤロブアムの罪を犯しやすいのです。
教会の指導者の務めは、イエスさまご自身が言われたように、羊を養うことです。
イエスさまは「わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つため」と言われました。牧師も同じなのです。イエスを信じる者の霊的・精神的な生活が潤され、愛と励ましを受けるために神と人に仕えるのが努めです。

しかし、レハブアムやヤロブアムのような、むさぼりの思いが誘惑する時があります。
教会を自分の物と思い、神の民を養うのではなく、神の民を自分の欲望に仕えさせてしまう。巨大な教会堂建築や、他の教会と比較して大きくなることなど、牧師の勝手なヴィジョンに神の民を利用するなら、それは立派な偶像礼拝の罪なのです。

どうか船橋エクレシアが、またこの私がむさぼりの罪から守られるように祈って頂きたいと願います。ひたすらイエスさまのように、羊の命が豊かになるように!神の民を、み言葉の糧で満たすこと、神の民がイエスの命で輝くために仕えられるように祈って下さい。

しかし、ぜひ皆さんも偶像礼拝、むさぼりの罪を犯さないように心を見張って下さい。
人に影響を及ぼす地位や、責任を持つ時、ぜひレハブアムやヤロブアムの失敗を思い出して下さい。

会社の経営も同じことが言えるでしょう。学校の教師、また子どもを持つ親も、自分の立場を守るだけになると、同じ過ちを犯す危険があります。

与えられた権威を、ただ自分を守ることだけに用いること、また委ねられた人々を自分の欲望に仕えさせてしまうこと、これは気を付けなければ犯しやすい罪なのです。

神はこのことをアハブ王とイスラエルの人々に教えるために、預言者エリヤをある外国人の女性のもとに遣わしました。

神はアハブ王の偶像礼拝の罪を悔い改めさせるために、エリヤを外国人の女性のもとに遣わしました。神の民が飢えと渇きで苦しむ中、神が養い、また守られたのは外国人の女性でした。これは、神が何を求め、何を喜ばれるのかを示すためでした。

【シドンのやもめのもとに遣わされるエリヤ】

「『さあ、シドンのツァレファテに行き、そこに住め。見よ。わたしは、そこのひとりのやもめに命じて、あなたを養うようにしている。』彼はツァレファテへ出て行った。その町の門に着くと、ちょうどそこに、たきぎを拾い集めているひとりのやもめがいた。そこで、彼は彼女に声をかけて言った。『水差しにほんの少しの水を持って来て、私に飲ませてください。』彼女が取りに行こうとすると、彼は彼女を呼んで言った。『一口のパンも持って来てください。』彼女は答えた。『あなたの神、主は生きておられます。私は焼いたパンを持っておりません。ただ、かめの中に一握りの粉と、つぼにほんの少しの油があるだけです。ご覧のとおり、二、三本のたきぎを集め、帰って行って、私と私の息子のためにそれを調理し、それを食べて、死のうとしているのです。』エリヤは彼女に言った。『恐れてはいけません。行って、あなたが言ったようにしなさい。しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。「主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。」』彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。エリヤを通して言われた主のことばのとおり、かめの粉は尽きず、つぼの油はなくならなかった。」第一列王記17章9節から16節

エリヤはイスラエルの北に位置するシドンに遣わされました。
エリヤの預言は実現して、イスラエルには3年半も雨が降りませんでした。
干ばつの影響はシドンにも及び、シドンの人々も干ばつによる飢えに苦しんでいました。
特に働き手のいないやもめには、深刻な悪影響を及ぼしました。
エリヤがこのやもめのもとを訪れた時は、食料も底を突き、あと一食分の粉しか残っていませんでした。パンを焼くにも少なすぎる量でした。最後の食料、これを食べて息子と無理心中するしか道がない、まさにどん底の状態でした。
しかしエリヤはこのやもめに、養ってもらいに遣わされたのです。

【恐れては生けません】

エリヤはやもめに言いました。「恐れてはいけません」。
エリヤは神の言葉を預かる預言者です。神の言葉はどんな問題にも解決を与えます。
わたし達も、たとえこの女性のような苦しい状況に置かれたとしても、神の言葉を心に握りしめ、恐れるのを止めましょう!

神の言葉、神の約束は真実です!必ずあなたを救い、あなたを苦境から救い出します。
恐れるのを止めましょう!心配を止めましょう!

【どんな時にも、神を第一にする!】

しかし、そのあとのエリヤの言葉には、驚かされます!
「しかし、まず、私のためにそれで小さなパン菓子を作り、私のところに持って来なさい。それから後に、あなたとあなたの子どものために作りなさい。(13節)」

あと一食分の食事も用意できないことを知りながら、まず私のために小さなパン菓子を作って食べさせなさいと要求しているのです!

もし、この要求だけで終わっているなら、エリヤは何と厚かましい人間なんだ!と言うことになりますが、これは信仰のチャレンジでした。約束の伴っている言葉でした。

「イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。『主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。』(14節)」

主が選ばれたこのやもめは、エリヤを通して語られた主の言葉に従いました。
そして約束通りに、かめの粉は尽きず、油もなくなりませんでした。飢饉が終わるまで、やもめ家族とエリヤは、このパンを食べ続けたのです。

この奇跡は何をわたし達に教えようとしているのでしょう。

①どんな時にも、神を第一にすることを教えている。

エリヤは神の代理人でした。自分のパンよりも、エリヤに食べさせるパンを用意したのは、神を第一にしますとの信仰の表れでした。

これはわたし達に、どんな状況にわたし達が置かれていても、神を第一とするなら、問題解決の道が開かれることを教えています。

わたし達は苦境に置かれると、問題を第一、神を二の次、三の次ぎにしてしまいます。
時には神をまったく忘れてしまうこともあるでしょう。
問題が第一になる時、わたし達は問題に振り回されてしまいます。
心の平安は失われ、希望も約束もありません。恐れていたことが次々に実現します。

神を第一にすることです!

イエスさまも教えられました。
「神を第一とし、神が望まれるとおりの生活をしなさい。 そうすれば、必要なものは、神が与えてくださいます。(リビングバイブル訳)」マタイ6章33節

神を第一にして生きるなら、生活の必要はすべて与えられます!

さて、神を第一にして生きるとは、具体的には何をすることでしょう。

それは神を礼拝することです。(日曜礼拝だけではありません!)
神を礼拝するとは、天の父なる神の大きな愛を覚えること。
一人子イエス・キリストをわたし達にお与えになり、罪を赦し、恵と命を与える神。
この神の愛を毎日覚えること!神の愛の中に安らぎ、心を通わすこと、これが礼拝です。
そして神のみ言葉を行うことです。神のみ言葉を行うとは、愛を実践することです。

シドン人のやもめは実際にエリヤにパンを食べさせました。
エリヤも、やもめのパンを食べなかったら、飢え死にしていたかもしれません。
エリヤは神の言葉を預かっていても、パンを持っていなかったのです。
やもめは、一握りしかなくても小麦粉を持っていました。

神は無い物を与えろ、または出来ないことやりなさいとは言っていません。
たとえ小さくても、あなたに出来ることで愛を行いなさい、分かち合いなさいと教えているのです。

レハブアム王やヤロブアム王を思い出して下さい。これらの王は国を持ち、権力を持ち、巨万の富を持っていました。しかし、失うことを恐れ、守ることだけに心を奪われ、神と人を愛するために何もしなかったのです!

その結果、レハブアムもヤロブアムも、彼らの国も没落していきました。
しかし、やもめはかめの底に一握りの粉しかありませんでしたが、それを分かち合ったのです。神を第一にして、隣人を愛するために用いたのです!

レハブアムの国もヤロブアムの国も、ともに滅びました。
しかし、このやもめの信仰は聖書に記され、いつまでも語り伝えられるのです。

神を第一にしましょう!その愛とみ言葉を覚え、愛を行いましょう。
あなたは誰かを助けることが出来ます!あなたは誰かに必要とされています。
あなたを必要とする人を助けてあげて下さい。それが愛です。

「自分はそれどころじゃない!自分のことで精一杯だ!」と守りに入らないで下さい。
自分だけを守り、自分のためだけに生きる時、人は大切な命を守るのではなく、却って失っているのです!あなたが神と人のために自分を分かち合う時、あなたは命を得るのです。

②神は、何よりも生きた信仰を喜ぶ。

このシドン人のやもめから学べる第二は、神は王よりも、選びの民であるイスラエル人よりも、生きた信仰を持っている人を喜ぶことです。

イスラエルは神の所有の民、選びの民でした。イスラエル人もそのことを誇りに思っていました。特にその国の王ならば、自分の地位や特権を誇ったでしょう。
しかし、神はシドン人のやもめを選ぶことを通して、神が喜ばれるのは過去の地位や名誉や才能ではなく、今!生きて働く信仰を喜ぶことを教えています。

神の前にはわたし達がどんなに才能のある、優れた人物なのか、それはあまり関係ありません。神が大切にするのは、あなたが今、み言葉に従っているか?なのです。

神は神に期待する者を喜びます!
神はご自分の言葉を心に貯え、謙って聖霊の力を受け、それを行う者を喜ばれます!

「わが義人は、信仰によって生きる。もし信仰を捨てるなら、/わたしのたましいはこれを喜ばない(口語訳)」ヘブル人への手紙10章38節

あなたは神に喜ばれる信仰の義人です!信仰に歩みましょう!

あなたが苦しい状況に置かれていても、神を第一にし、信仰によって暗闇にヴィジョンを描いて下さい!愛を実践すること、分かち合うことで、道を切り開いて下さい!
守りに入り、自己中心になることは、却ってあなたの命を失います。

あなたには神の使命があります!あなたを必要としている人を助けることです。
家庭で、職場で、学校で、進んで人に仕えて下さい。人を支配し、管理するのではなく、まだ神をしない人でも愛し仕え、その命を満たしてあげて下さい。

愛と信仰に進む時、あなたの命は輝くのです!