「あなたに何を与えようか。願え。」
第1列王記3章3節から15節
牧師 小林智彦

【主は夢のうちにソロモンに現れた】

「王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこは最も重要な高き所であったからである。ソロモンはそこの祭壇の上に一千頭の全焼のいけにえをささげた。
 その夜、ギブオンで主は夢のうちにソロモンに現われた。神は仰せられた。
『あなたに何を与えようか。願え。』」 第1列王記3章4.5節

ソロモン王は即位して間もなく、神に祈るためにギブオンに行きました。
ソロモンはまだ若く、経験もなく、国を治めることの難しさに直面していたと思われます。
祭壇に一千頭の牛を捧げたところからも、彼が抱えていた問題、また悩みがの大きさが見えてくるようです。ソロモンは真剣に、切実に神を求めました!

神は神を真剣に求める者に、ご自身を現して下さる方です!(第一歴代誌28章9節参照)

ソロモンは一千頭の全焼のいけにえを捧げました、それが当時の神を求める方法だったからです。しかし私たちには、一千頭の全焼のいけにえよりも更に優れたいけにえが既に、捧げられているのです。それは私たちの主イエス・キリストの十字架です!

私たちはイエスさまの流された聖なる血潮によって、罪赦され、神の子として、堂々と父なる神の前に出ることが出来るのです!自分の子どもを拒絶する親はいません。
天の父なる神は、あなたが呼び求める時、必ず聞いて下さり、あなたが求める時、必ずご自身を現して下さるのです。

神はソロモンのように、今日でも夢や幻を通してもご自身を現して下さいます。
そして、聖書を通して、御言葉を通してより確かに、ご自身を表されます。
日々、神の言葉に触れて下さい、御言葉を通して聖霊はあなたの心に語って下さいます。


主を求める者は、必ず神に出会います!神を待ち望みましょう。神に期待しましょう!

(お隣の人に言って下さい!)

【あなたに何を与えようか。願え。】

「神は仰せられた。あなたに何を与えようか。願え。(5節)」

私たちの神は何と素晴らしい神でしょう!
神は愛です!神は私たちを豊かに満たしたい、私たちを助けたいと願われます。
神が私たちに願われることは、私たちが幸せになること、豊かになり、成長することです。

決してカルト宗教のように、救われるためには「あれをしろ!これをしろ!」要求する神ではありません。神さまは人に助けられる必要も、人に養ってもらう必要はないのです。
神は満ちあふれて、豊かに私たちを満たすお方なのです。

私たちはイエス・キリストにあって神の子供です。子どもなら遠慮なく父に求めましょう。
父親の顔色を伺う必要などありません!天の父は進んで、あなたの父になられたのです!

「最近、聖書を読んでないけど、祈りは聞いてもらえるでしょうか?」
「全くの自己中心で、自分のことばかりしか考えてないけど、祈りは聞かれるの?」

大丈夫です!天の父は、あなたの祈りを聞いておられます。
私たちの祈りが聞かれるのは、私たちの行いには依らないからです!
私たちが誰であっても、何をしていても祈りが聞かれるのは、神が愛であり、御子イエス・キリストを与えるほどに私たちを愛しているからです!
そしてあなたはイエスを信じる故に、神の子供だからです!

お隣の人に言って下さい!(あなたの祈りは必ず聞かれます!)

今日、天の父を礼拝しに来られたあなた!天の父はソロモンに尋ねられたように、あなたにも尋ねておられます!「神は仰せられた。あなたに何を与えようか。願え。(5節)」

しかし、どのように答えて下さるかは、天の父なる神様の決めることです。
「あ~、やっぱり聞いてくれないんだ!」、決してガッカリしないで下さい。
神はあなたへの最善を計画して下さっているのです。
私たちの願ったことが、必ずしも、私たちの幸せにならないこともあるからです。

天の父は私たちが不幸になるものを、私たちが願ったからと言って与えることはしません。また与えて下さるタイミングもあります。神は私たちの最善を計画しておられるのです。

神は私たちが幸せになり、豊かになり、成長し、成熟することを願っています。
そのための助けを、豊かに与えて下さる方なのです。

【この願い事は主の御心にかなった。】

「この願い事は主の御心にかなった。ソロモンがこのことを願ったからである。(10節)」

ソロモンの願いは、天のお父さんを喜ばし、父の願いと合致していました!
私たちもソロモンのように、天のお父さんの願うものを願えるようになりたいですね。

天の父の願いと私たちの願いが重なる、神の心と同じ方向を向く、これが理想です。

私の大好きな御言葉を一カ所だけ、分かち合わせて下さい。

「主はその御目をもって、あまねく全地を見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力をあらわしてくださるのです。」第二歴代誌16章9節

神が願わないものを一所懸命、私たちが願っても、私たちは疲れるだけです!
神さまも悲しまれるでしょう。神の喜ばれる願いを、私たちの願いとしましょう。
神の願いは、私たちが神に似た者となり、愛と平安の中を歩むことなのですから。

ソロモンは、御心に適った願いを祈りました。
彼の祈りと、心の態度から、私たちも天の父に対する信仰と、心の態度を学びましよう。


【神の恵みを覚える】

「ソロモンは言った。『あなたは、あなたのしもべ、私の父ダビデに大いなる恵みを施されました。それは、彼が誠実と正義と真心とをもって、あなたの御前を歩んだからです。あなたは、この大いなる恵みを彼のために取っておき、きょう、その王座に着く子を彼にお与えになりました。』」第1列王記3章6節

祈りを学ぶ時、大切なのは、祈りには決して方法論はないと言うことです!
聞かれる祈り、聞かれない祈りはありません!全てを神はご存じです。
そして天の父は、どんな祈りに対しても愛を持って答えて下さるのです。

自分の願いを、何としても神に叶えさせようとするのは、「異邦人の祈り」であるとイエスさまは教えられました。それは偶像の神に対する祈りであって、父なる神への祈りではないと言う意味です。

「異邦人の祈り」は自分の願望が神に勝っているのです。
「異邦人の祈り」とは、祈りを通して神と取引をすることです。
行いや、捧げ物によって、神を自分の願望を行わせるために動かそうとすることです。


短い祈りよりも、長く祈ったほうが良く聞かれる。イヤイヤながらでも断食、徹夜した方が、祈りを聞いてもらえる。これらは天の父なる神の愛を否定することにもなるのです!

神はあなたがたとえ心の中で短く祈っただけでも、あなたに必要な物は備えて下さいます。
祈りの短さ、熱心さ、長さなどは関係ないのです!
なぜなら、祈りが聞かれるのは天の父の愛の故、恵の故だからです!

ソロモンは天の父なる神の大きな恵を覚えて、祈り始めています。
ソロモンは、自分が王となったのは神の一方的な恵であることを覚えていました。
神はソロモンの父ダビデを恵、そして恵によってソロモンを王とされたのです。

ソロモンはバテシェバの息子です。バテシェバはウリヤの妻でしたが、ダビデはウリヤを殺害してバテシェバを妻としました。ダビデは大きな罪を犯しましたが、悔い改めました。神は大きな愛と恵みの故に、ダビデを赦されたのです。恵です!

そして、バテシェバから生まれた子供(最初の子は病死)を王位を継ぐ者としたのです!
ソロモンはまさに、神の恵みによって存在し、恵によって王にされたのです。
ソロモンは神の恵みをいつも意識し、愛と赦し、恵に富む神を覚えていました。

私たちも!恵によって祈りましょう。また、神の恵みを覚えて祈りましょう。
天の父の御心に適う祈り、それは恵から生まれる祈りです。

私たちもダビデのように、過去に大きな罪を犯したかもしれない、またこれから犯すかもしれません。しかし、天の父はその罪によって私たちが滅びることがないように、一番大切な一人子イエスを私たちに与えて下さったのです!

そして罪を犯したことがない、忠実で従順な御子イエスさまと同じように、私たちを神の子に迎え入れて下さり、子として扱って下さるのです!
こんなに素晴らしい、驚くほどの救いと恵を与えて下さった神が、この世のつまらないものを物惜しみすることがあるでしょうか?

1億円も、1兆円でも、御子イエスに比べれば、父には取るに足りないものです!
豪邸も、高級車、ブランドの服、有名校の学位、そんなのも父の御前には、決して御子と比べることも出来ないほど、小さいものです!
それらがあなたを本当に幸せにし、豊かにするのなら、神は直ぐにでも与えて下さいます。
御子を与えた父ならば、必ず与えて下さるはずです!

天の父の恵を覚えましょう!まず父の恵を覚えましょう。
なぜ祈りが聞かれないのか?天の父の愛を疑うようなことは止めましょう。
宗教的な行いや、努力に走ることも止めましょう。無意味です。
これらはみな、天の父の大きな恵を忘れているか、見えていないのです。

天の父の恵の大きさ、深さ、高さ、広さを聖霊様に教えてもらいましょう。
ソロモンのように、神の恵みの真ん中で、父に祈りましょう。

恵で祈るとは、既に与えられているものを感謝出来るようになります!
恵で祈ると、無いものではなく、ある物を感謝し、活用する心が与えられます。

皆さん!天の父は私たちが想像できないほど、愛に富むお方です。
天の父は私たちが願う先に、私たちに必要な物を備えておられるのです!

そうです、つまり、私たちを困難な状況から救い出し、問題から解決する能力も、方法も、いま持っていない物の中に解決があるのではなく、既に持っている物の中に解決がある場合が多いのです!

無い物ばかりを求め続ける乞食のような祈りは止めましょう!
私たちは既にイエスにあって神の子供なのですから、父が恵によって既に与えておられる物を覚え、感謝しましょう。

あなたの祈りの答えは、既に与えられています!(お隣の人に言いましょう)

【願わなかったものも与えられる】

「そのうえ、あなたの願わなかったもの、富と誉れとをあなたに与える。あなたの生きているかぎり、王たちの中であなたに並ぶ者はひとりもないであろう。」
第1列王記3章13節

天のお父さんの愛と恵を覚え、心から信頼して祈る時、お父さんは聞いて下さいます。

そして、ソロモンには彼が願わなかった物まで添えて与えられました。

正しい動機で、正しい心の態度で祈る時、願わなかった物までも与えられるのです。
イエスさまは、神の国と神の義とを第一に求めるなら、それらに加えて、私たちの必要も満たされると教えています。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」マタイ福音書6章33節

天のお父さんの恵を覚えましょう!恵を覚える時、私たちの心は満ちあふれます。
心がお父さんの愛で満たされた時、それが祈りと礼拝の時です!
御子イエスさえも惜しまずに与えて下さった天のお父さん、その恵みを覚えましょう。