「千年王国と第一の復活」
黙示録20章1節から6節
牧師 小林智彦

【私は・・・見た】

「また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。」黙示録20章1節

「私は・・・見た」、このフレーズは黙示録の中で非常に多く繰り返されています。
ヨハネは黙示録の中で40回も、このフレーズを繰り返し用いています。
黙示録はヨハネに示された神の啓示であり、ヨハネはこの幻をパトモス島で見ました。

パトモス島というのは、犯罪人が島流しの刑にされ辿り着く流刑地でした。
この島は絶望の場所です。自由が奪い取られ、生きて帰る望みもない絶望の場所です。

しかしヨハネは、この絶望の島パトモスでクリスチャンを2千年に渡って励まし続けてきた黙示録、クリスチャンの希望である黙示録を書いたのです!
これは何と驚くべきことでしょうか?

ヨハネには人間的な何の希望もありませんでした。さらに彼が置かれたところも流刑の地、しかしヨハネは絶望していなかったのです!それどころか希望に溢れていたのです!
そして彼の書いた黙示録は迫害に苦しむクリスチャンに希望を与え続けてきました。

ヨハネは絶望に打ち勝つ力を何処から得たのでしょうか?
ヨハネには常人には無い、驚くべき精神力があったからなのでしょうか?
また何か特殊な修行や訓練の結果、絶望に打ち勝つ精神力を得たのでしょうか?

ヨハネが絶望に打ち勝ったのは、彼の精神力に依るのではありません。
頑張りや努力、人間の精神力には限界があります。そして、それは他の人に希望を与えることは出来ません。

ヨハネの希望は何処から来たのか?
「私は・・・見た」、ここに希望があります!
神の約束、神の救いの計画を見上げること、これこそがヨハネを支える力でした!
キリストを信じる私たちは、天を見上げることを許され者たちです。

「私は・・・見た」、ヨハネは天を見上げ、そしてイエスにある全人類の救いの計画を見ることを許されたのです!それは絶望の地にあるヨハネに希望を与えました。
そしてヨハネが見た神の幻、この黙示録を見上げる私たちにも希望を与えるのです。

希望!それは神を見上げること、神を仰ぎ見ることから生まれるます。

「彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。」詩編34編5節

信仰を持って主を仰ぎ見るとき、私たちの顔は希望に輝きます!
私たちが神ではなく、絶望の状況、パトモス島を見つめても希望は見いだせません。
黙示録が教えていることでもあり、また私たちの周りを見渡せば分かることですが、この世はどんどん滅びに向かって進んでいます。

この世にある物に信頼を置くならば、必ず絶望で終わります。必ず裏切られます。
なぜなら聖書が教えているように、世と世の欲とは滅び去るからです!

「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。」第一ヨハネ2章15節から17節

この世に希望をおくなら、必ず裏切られ、絶望します。そして絶望から逃れられません。なぜならこの世は絶えず変わり、滅びに向かって進んでいるからです。

私たちは目を天に向けましょう!そこには変わらない神の愛が輝いています!
黙示録には驚くべき、神の救いのご計画が明らかにされています。それを見上げましょう。

さあ!私たちは絶えず主を賛美しましょう。賛美も栄光の神を見上げることから始まります。賛美は私たちの中に神の国を招き入れ、神の支配が私たちの中に広がるために無くてはならないものです。真理のみ言葉、聖書を読み、その約束、神の計画を黙想しましょう。み言葉は神の国の種です。聖霊が命を注ぎ、その種は必ず実現します。
これらが礼拝であり、祈りです!そして神を見上げることです。

主を見上げましょう!ヨハネのように、主を見上げましょう。

【千年王国と第一の復活】

「また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕え、これを千年の間縛って、
底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。」黙示録20章1節から3節

黙示録20章にはヨハネが見た、驚くべき神の御業が書かれています。
ヨハネが見上げたように、私たちも信仰を持ってこの内容を見る時、希望が生まれます。

まず第一にヨハネは私たちを惑わし、罪に誘惑してきた悪魔サタンが捕らえられ、その活動が封じられることを見ました。

悪魔サタンは私たちの先祖アダムとエバを罪に誘惑し、私たちも罪に誘惑する敵です。
サタンは絶えず私たちを神から引き離そうと誘惑し、嘘を持って惑わします。
また罪を犯した者の心を絶えず責め続け、絶望に縛り付ける者です。
この敵が遂に縛られ、活動が封じられる時が来るのです。

悪魔は人を惑わし、そして死の力(ヘブル2:14)で人を滅びに結びつける者です。
この悪魔とその仲間が捕らえられ、縛られる時、地上には命が溢れます。
そして第二番目の希望である、私たちの復活が実現します。第一の復活です。

「また私は、多くの座を見た。彼らはその上にすわった。そしてさばきを行なう権威が彼らに与えられた。また私は、イエスのあかしと神のことばとのゆえに首をはねられた人たちのたましいと、獣やその像を拝まず、その額や手に獣の刻印を押されなかった人たちを見た。彼らは生き返って、キリストとともに、千年の間王となった。
そのほかの死者は、千年の終わるまでは、生き返らなかった。これが第一の復活である。
この第一の復活にあずかる者は幸いな者、聖なる者である。この人々に対しては、第二の死は、なんの力も持っていない。彼らは神とキリストとの祭司となり、キリストとともに、千年の間王となる。」黙示録20章4節から6節

これは私たちクリスチャンが主の栄光の体に似た、栄光の体を受ける時です。
私たちはキリストを主と信じ受け入れた時、霊が復活します。
霊の復活により、私たちの心も聖められ、神の命を受けて変えられていきます。
これが地上での聖化と呼ばれる歩みです。
しかし、肉体は復活しません。なぜならまだ死を体験していないからです。
私たちの霊は、肉体が誕生した時は既に神から引き離されているので死んでいます。
しかし、キリストを信じる時、霊は生き返るのです。
肉体はキリストを信じても滅びます。そして第一の復活の時に栄光の体に復活します。
この栄光の体は、イエスさまが復活した時に弟子たちに示された体です。
私たちは、この栄光の体が与えられのです!何と驚くべき約束、希望でしょうか?

そしてこの栄光の体が与えられる時、究極的な癒しが実現します!
この地上ではキリストを信じていても、癒される人もいますが、癒されない病もあります。
しかし、千年王国、第一の復活の際はすべての人の病が癒され、障害も取り除かれます。
ハレルヤ!老いも病も、傷もシミも無いのです!

私たちはキリストにある希望を仰ぎ見ましょう。そして輝いていまを行きましょう。
いま抱えている苦しみ悩みも、千年王国では克服されます!貧困も格差も性別も克服されます。千年王国こそ、私たちが住むべき世界です。

私たちは千年王国、キリストの希望を見上げて輝きましょう!
私たちは栄光の体に復活する希望を見上げましょう!キリストともにこの地を治めることを覚えましょう。これらの約束を見上げ、希望に溢れ輝きましょう。

【聖霊による保証】

「またあなたがたも、キリストにあって、真理のことば、すなわちあなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました。
 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」エペソ1章13.14節

聖霊様は私たちが御国を受け継ぐことの保証であられます!
つまり黙示録に書かれてある、千年王国、第一の復活、それは神の国を継ぐことですが、信仰によって受け入れる時、聖霊は私たちが確かに御国の世継ぎであることを保証して下さるのです。聖霊は私たちの心に希望と平安、そして喜び、情熱、感謝を溢れさせ、確かに私たちが神の子になったことを証して下さるのです。

私たちの喜びの源、それは神の国です!
いま祈りましょう!聖霊が確かな喜びで私たちの心を満たして下さるよう祈りましょう。
信仰をもって神とその約束を見上げるのです!神を見上げる者、聖霊によって希望に満たされます。信じましょう!