「民数記から学ぶ戒めと教訓A」
民数記22章から25章
牧師 小林智彦

先週に続いて、今週も民数記から学びましょう。
パウロが第一コリント10章11、12節で教えているように、民数記は私たちの信仰生活における教訓であり、戒めです。自分の信仰生活と結びつけて学びましょう。

「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」第一コリント10章11.12節

今週は民数記の22章から24章を中心に学びましょう。

イスラエルの存在は昔も今もパレスチナにおいては脅威でした。
モーセの時代もカナン、今はパレスチナと呼ばれていますが、先住民が存在しました。
カナン人です。また約束されていた地域の回りにも幾つもの民族が住んでいました。
そのほとんどの民族がパレスチナの地にイスラエルが進入することを喜びませんでした。特にモアブ人とミデヤン人は、イスラエルの進行を阻もうとしました。

22:1 イスラエル人はさらに進んで、ヨルダンのエリコをのぞむ対岸のモアブの草原に宿営した。
22:2 さてツィポルの子バラクは、イスラエルがエモリ人に行なったすべてのことを見た。
22:3 モアブはイスラエルの民が多数であったので非常に恐れた。それでモアブはイスラエル人に恐怖をいだいた。

22:4 そこでモアブはミデヤンの長老たちに言った。「今、この集団は、牛が野の青草をなめ尽くすように、私たちの回りのすべてのものをなめ尽くそうとしている。」ツィポルの子バラクは当時、モアブの王であった。
22:5 そこで彼は、同族の国にあるユーフラテス河畔のペトルにいるベオルの子バラムを招こうとして使者たちを遣わして、言わせた。「今ここに、一つの民がエジプトから出て来ている。今や、彼らは地の面をおおって、私のすぐそばにとどまっている。
22:6 どうかいま来て、私のためにこの民をのろってもらいたい。この民は私より強い。そうしてくれれば、たぶん私は彼らを打って、この地から追い出すことができよう。私は、あなたが祝福する者は祝福され、あなたがのろう者はのろわれることを知っている。」
22:7 占いに通じているモアブの長老たちとミデヤンの長老たちとは、バラムのところに行き、彼にバラクのことづけを告げた。
民数記22章1節から7節

イスラエルと直接戦っては勝てないと思ったモアブの王バラクとミデヤンの長老たちは、霊的な力によってイスラエルを弱体化させ、その上で戦争を仕掛けようと考えました。
そこで当時一番力を持っていると考えられていた魔術師バラムを呼び寄せたのです。

聖書は魔術を禁止しています。それは魔術が存在しないとか、オカルトが嘘だからではありません。もちろん中にはただのインチキにすぎない物もあるでしょう。
しかし、どんな魔術、占い、オカルトでも、それは悪霊と交わる手段です。

イエスさまは悪魔は始めから人殺しであり、嘘の父であると教えています。
魔術や占い、オカルトには不可思議な力がありますが、関わる者を全て破滅と混乱に陥れます。だから決して魔術・占い・オカルトには関わることも、興味を持ってもなりません。

さてモアブの王バラクとミデヤンの長老は魔術師のバラムを招き、イスラエルを呪わせますが、結果はどうなったでしょうか?

「そこでバラクはバラムに対して怒りを燃やし、手を打ち鳴らした。バラクはバラムに言った。『私の敵をのろうためにあなたを招いたのに、かえってあなたは三度までも彼らを祝福した。』」民数記24章10節

モアブの王バラクとミデヤン人の長老たちの計画は失敗に終わりました。
当時の最も力ある魔術師バラムによってイスラエルを呪わせる計画は失敗しました。
呪いが祝福に変えられてしまい、その反対に呪うように頼んだモアブ、ミデヤン、エドムなど周辺民族の敗北が預言されるからです。

なぜ魔術師バラムはイスラエルを呪うことが出来なかったのでしょうか?

「見よ。祝福せよ、との命を私は受けた。神は祝福される。私はそれをくつがえすことはできない。ヤコブの中に不法を見いださず、イスラエルの中にわざわいを見ない。彼らの神、主は彼らとともにおり、王をたたえる声が彼らの中にある。」
民数記23章20.21節

バラムがイスラエルを呪おうとしても出来なかったのは、主がイスラエルを祝福しておられ、主なる神ご自身がイスラエルの中におられたからです!
真の神がともにおられる者を呪うことが出来る者は誰ひとりいません!
神がともにおられるのなら、どんな呪いも祝福に変えられてしまうのです!

バラムはイスラエルの中に不法を見いだせず、わざわいを見ないと言っています。
呪いの口実を見いだすことが出来ないのです。
呪いが入り込むとしたら、必ず城壁の破れ口から入り込むのです。
神と正しい関係を私たちが保っているのなら、どんな呪いも入り込むことは出来ないでしょう。しかし、神さまとの関係、また人との関係が正しくない、つまり罪があるなら、そこから呪いは入り込むのです。

この時のイスラエルにバラムは不法を見いだすことが出来ず、呪いの口実を見いだせなかったのです。主がともにおられ、主を讃える賛美が満ちあふれている時、どんな魔術師もイスラエルと神の民を呪うことは出来ないのです。

【バアル・ペオルの罠】

25:1 イスラエルはシティムにとどまっていたが、民はモアブの娘たちと、みだらなことをし始めた。
25:2 娘たちは、自分たちの神々にいけにえをささげるのに、民を招いたので、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。

25:3 こうしてイスラエルは、バアル・ペオルを慕うようになったので、主の怒りはイスラエルに対して燃え上がった。
25:4 主はモーセに言われた。「この民のかしらたちをみな捕えて、白日のもとに彼らを主の前でさらし者にせよ。主の燃える怒りはイスラエルから離れ去ろう。」
25:5 そこでモーセはイスラエルのさばきつかさたちに言った。「あなたがたは、おのおの自分の配下のバアル・ペオルを慕った者たちを殺せ。」
25:6 モーセとイスラエル人の全会衆が会見の天幕の入口で泣いていると、彼らの目の前に、ひとりのイスラエル人が、その兄弟たちのところにひとりのミデヤン人の女を連れてやって来た。
25:7 祭司アロンの子エルアザルの子ピネハスはそれを見るや、会衆の中から立ち上がり、手に槍を取り、
25:8 そのイスラエル人のあとを追ってテントの奥の部屋にはいり、イスラエル人とその女とをふたりとも、腹を刺し通して殺した。するとイスラエル人への神罰がやんだ。
25:9 この神罰で死んだ者は、二万四千人であった。民数記25章1節から9節

魔術師バラムの呪いからは何の害をも受けなかったイスラエルが、惨めにも自らの罪で敗北している姿がここにあります。二万四千人ものイスラエル人がこの事件で死にました。

バアル・ペオルはモアブの偶像の神々です。イスラエル人のある者たちはモアブの娘たちと淫らなことをし始めたとあります。モアブ民族はアブラハムの甥のロトから生まれた民族です。ロトの娘は父に酒を飲ませ、父が酔った時に性的な関係を持ちモアブをみごもりました。モアブ民族の宗教は魔術と酒と淫乱な性的儀式が含まれていました。

イスラエルの男性はモアブの美しい娘たちに誘惑され、いつしか憎むべき偶像礼拝の儀式にまで参加するようになったのです。そして、その悪影響がイスラエル民族にも広がり始めた時、神は神罰を下されたのです。

この事件には裏があります。モーセはこのように言っています。
25:17 「ミデヤン人を襲い、彼らを打て。
25:18 彼らは巧妙にたくらんだたくらみで、あなたがたを襲ってペオルの事件を引き起こし、ペオルの事件の神罰の日に殺された彼らの同族の女、ミデヤンの族長の娘コズビの事件を引き起こしたからだ。」

モーセはこの事件はミデヤン人達の陰謀であると言っています。
イスラエル人の若者たちがモアブの美しい女性に誘惑されたのは、モアブとミデヤン人の陰謀で、彼らが偶像の神々を拝むことで、まことの神から離れさせるためだったのです。

更にこの事件には、裏の首謀者がいます。それは魔術師のバラムです。
31:8 彼らはその殺した者たちのほかに、ミデヤンの王たち、エビ、レケム、ツル、フル、レバの五人のミデヤンの王たちを殺した。彼らはベオルの子バラムを剣で殺した。

バラムは自分の国に帰ったようですが、再びイスラエルを滅ぼすためにモアブとミデヤンの長老たちによって招かれていたようです。

バラムはイスラエルの中に真の神がおられる間は、決してイスラエルを呪うことが出来ないことを知っていました。しかし、イスラエルがみずから神から離れるのなら、イスラエルを呪うことが出来ることを知っていたのです。

バラムは巧妙に策略を立てたのです。直接偶像の神々を拝ませようとしても、イスラエルが受け付けないのは良く分かっていました。だから美しい女性と酒を用いたのです。

イスラエルはバラムの策略、それは悪魔の策略ですが、まんまと引っかかりました!
そしてまことのイスラエルの神を離れて偶像を拝み、自ら呪いを招き、神の罰を受けて滅ぼされたのです。

パウロの言葉を思い出しましょう。
「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」第一コリント10章11.12節

【まとめと適用】

@主がともにおられるのなら、呪いは祝福に変えられる!

「見よ。祝福せよ、との命を私は受けた。神は祝福される。私はそれをくつがえすことはできない。ヤコブの中に不法を見いださず、イスラエルの中にわざわいを見ない。彼らの神、主は彼らとともにおり、王をたたえる声が彼らの中にある。」
民数記23章20.21節

「悪魔との戦い」や「呪い」について話すと、恐怖で怯える人がいますが、良く聞いて下さい。皆さんを怖がらせようとして話しているのではありません。その反対です。
キリストにある勝利を喜んで欲しいのです。キリストが既に私たちのために悪魔・サタンに勝利を得られたからです!悪魔やサタンにどのようにして勝つのか?ではありません。キリストは既に勝利したのです。聞き間違えないで下さい。

父なる神が私たちを愛し、御子イエス・キリストにあって私たちの全ての罪を赦して下さった!誰でもキリストのうちにあるなら、サタンも悪魔も私たちの中に不法もわざわいも見いだすことは出来ないのです!

キリストを救い主として信じ受け入れ、私たちがキリストのうちにいるのなら、誰が私たちを呪うことが出来るでしょうか?呪いは祝福に変えられるのです!
主がともにおられることこそ、旧約聖書で見つけられる最高の祝福です。
しかし、新約聖書の恵はそれを上回る祝福を私たちに与えています。
私たちはキリストにあって神の子供であり、聖霊なる神が内に住まわれる神の神殿なのです!父なる神は自分の子どもを呪う者を許しません!

私たちは主イエスによって神の子供です。悪魔や呪いを恐れることを止めましょう。
主が呪いを祝福に変えて下さいます。

父なる神をいつも誉めたたえましょう。救い主イエスの勝利を誉めたたえましょう。
聖霊様にいつも満たされましょう!

まだイエスさまの救いを個人的に受け入れていない人は、ぜひ主を信じ救われましょう。

A悪魔の誘惑にだまされない!

25:18 彼らは巧妙にたくらんだたくらみで、あなたがたを襲ってペオルの事件を引き起こし、ペオルの事件の神罰の日に殺された彼らの同族の女、ミデヤンの族長の娘コズビの事件を引き起こしたからだ。」

悪魔・サタンはストーカーです!私たちが失敗するのを後を付けて狙っています。
しかし、どんなに悪魔・サタンに狙われていても、私たちが主の内にあるなら心配は要りません。主とともに歩んでいるのなら、大丈夫です。

だから悪魔・サタンは私たちを誘惑するのです。私たちが自分で神さまから離れるように策略を用いるのです。

私たちの中には、イスラエル人が過ちを犯したように、主が忌み嫌われる物を愛してはいないでしょうか?

主が最も憎まれるのは偶像、魔術、オカルト、占いです。自分の所有物であるならば、徹底的に処分することです。そして主の前に罪を悔い改め、それらの物と関係を断ち切る祈りをしましょう。

日本では占いは遊びと考えられているようですが、そうではありません。大きな罪です。
それは自分の人生を悪霊に導いてもらうためのものです。占いは悪霊を自分のカウンセラーにするのと同じです。占いの霊を断ち切らないならば、神の声を聞くことも聖書を正しく読むことも出来ません。

占いがファッションのように、遊びのように、私たちに近づいてきても、決して受け入れないようにしましょう。


飲酒も十分に気を付けることが大切です。飲酒は罪ではありません。
しかし、酔うことは罪であると聖書は教えています。酒に酔うと正しい判断ができなくなります。イスラエル人が罪を犯したように、飲酒は不品行や姦淫と言った異性との関係において大きな過ちをもたらすことがあります。気を付けましょう。
お酒に弱い人は、触れないことが大切です。中毒をもたらす物との付き合い方は、ほどほどはありません。遠ざけることが一番の解決です。

「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。」第一コリント10章11.12節

パウロの言葉を思い出しましょう。3500年前のイスラエルの失敗と私たちクリスチャンが犯す過ちは、それほど変わらないのです。

多くの日本人のクリスチャンが先祖崇拝、仏壇の問題で妥協しています。
神の聖い霊は仏壇に手を合わせ、拝む者の中に住むことが出来るでしょうか?
また酒に酔い、不品行や姦淫を犯す者の中に住むことが出来るでしょうか?

神が私たちを捨てるのではなく、いつも私たちの方が神を自分の中から閉め出してしまうのです。主の忌み嫌う物を徹底的に自分の中から捨て去りましょう。
そして、悔い改め、あらゆる主が喜ばない物との関係を断ち切る祈りをしましょう!