「イスラエルの叫びを聞かれる神」
出エジプト記1章から3章
牧師 小林智彦

【エジプトでおびただしく増えるイスラエル人】

「イスラエル人は多産だったので、おびただしくふえ、すこぶる強くなり、その地は彼らで満ちた。」出エジプト記1章7節

飢饉のためカナンの地を離れたヤコブとその家族は、長くエジプトの地に留まることになりました。モーセに導かれてエジプトを出るまで、400年間もエジプトに滞在しました。約束の地カナンからは離れましたが、イスラエルがエジプトに長期に渡って滞在したのは神の計画でした。その計画の一つはエジプトの地で人口が増えることでした。

エジプトに移住したヤコブの家族は70人でした。この70人が400年の間に、男子だけで60万人にも成長したのです。女性と子ども、そして老人を含めると300万人以上になると考えられています。70人が300万人にも増えたのです!

ある聖書学者は、もしイスラエルがカナンの地に留まっていたならば、ここまで人口は増えなかったと考えています。カナンの地にはカナン人が住んでいましたから、当然、人口が増えるに連れ争いが生じたでしょう。その時はカナン人やペリシテ人のほうが圧倒的に多数なので、イスラエルの人口の増加はそれほどは見込めないと言うのです。

400年間のエジプト滞在を、神は既にアブラハムと契約を結ぶ時に計画されていました。

「日が沈みかかったころ、深い眠りがアブラムを襲った。そして見よ。ひどい暗黒の恐怖が彼を襲った。そこで、アブラムに仰せがあった。『あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。しかし、彼らの仕えるその国民を、わたしがさばき、その後、彼らは多くの財産を持って、そこから出て来るようになる。あなた自身は、平安のうちに、あなたの先祖のもとに行き、長寿を全うして葬られよう。そして、四代目の者たちが、ここに戻って来る。それはエモリ人の咎が、そのときまでに満ちることはないからである。』
さて、日は沈み、暗やみになったとき、そのとき、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが、あの切り裂かれたものの間を通り過ぎた。その日、主はアブラムと契約を結んで仰せられた。『わたしはあなたの子孫に、この地を与える。エジプトの川から、あの大川、ユーフラテス川まで。ケニ人、ケナズ人、カデモニ人、ヘテ人、ペリジ人、レファイム人、
エモリ人、カナン人、ギルガシ人、エブス人を。』」創世記15章12節から21節

神は偶像と富みに信頼し、おごり高ぶるエジプトに真の神が存在することを示すために、また幼子を生け贄に捧げ、性的に乱れた儀式を行うカナン人を裁くためにご自分の民であるイスラエルを用いることを計画しました。神の働きを充分行う民に成長するため400年を定め、また最適な場所をエジプトと計画されたのです。

エジプトでの生活は決して楽ではありませんでした。苦役が課せられました。
しかし苦役が課せられ、奴隷としてこき使われたとしても、当時最強の軍隊を持っていたエジプトによっていのちは守られたのです。

このようにして約束の地カナンからは離れたところに暮らしていたイスラエルでしたが、神の計画を果たしうるに足る者に、神はイスラエルを成長させました。
苦役で苦しめられましたが、その苦役を通してますます成長しました。

「しかし苦しめれば苦しめるほど、この民はますますふえ広がったので、人々はイスラエル人を恐れた。」出エジプト記1章12節

私たちはこの箇所から霊的な教訓を学びましょう。
私たちも約束の都、天の国にから離れた場所で神の子としての生活を送っています。
約束の地カナンから離れてエジプトで暮らすイスラエルのようです。
エジプトと同じように、この地も偶像で満ち、人々は真の神よりも富を崇拝しています。神の子の私たちには誘惑となり、妨げとなる様々なものがこのに地は溢れています。

皆さんの職場、学校、まだ神を受け入れない家族、皆さんにとっては苦痛になることが多いでしょう。「早くこの状況から解放されたい!」と願うほど、辛い環境に置かれている方もいらっしゃると思います。「なぜ神はこの状況から私を救い出してくれないのか?」

皆さんが置かれている環境、状況、それは決して偶然ではありません!
イスラエルがエジプトに400年も留まることが神の計画であったように、皆さんが現在置かれている環境、状況も偶然では無いのです。

皆さんにお勧めしたいのは、いま自分が置かれている環境、状況を信仰によって受け止めることです。

「しかし苦しめれば苦しめるほど、この民はますますふえ広がったので、人々はイスラエル人を恐れた。」出エジプト記1章12節

エジプトでなければイスラエルは300万人に増えませんでした。
それと同じように、今!皆さんが置かれている場所でなければ受けられない学び、受けられない訓練、受けられない祝福があるのです。

神は愛する自分の子をただ苦しい目に遭わせることはありません。ご自分の一人子であるイエスの血を持って買い取った皆さんを決してただ苦しめることはされないのです。
皆さん一人ひとりは天の父なる神の大切な息子、娘です!

この世の親御さんが、子ども達の進学に熱心なように、どの塾に通わせ、どの習い事をさせるか、どの学校に通わせるか?真剣に考えていますね。天の父も同じです。
いや天のお父さんはそれ以上に、更に熱心に私たちの成長について考えておられるのです。

天の父はその熱心さをもって、皆さんを今の場所に遣わして下さっているのです。
それは御国に入るのに相応しい成長と訓練をその場で受けるためなのです!

しかし、大切なのは信仰によって受け止めるか、受け止めないか?です。

神は私たちを滅ぼすような苦しみを与えられません!

「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」第一コリント10章13節

いま直面している問題、課題を私たちが信仰を持って受け止めるなら、それは私たちを大きく成長させるバネになります!信仰をもって取り組みましょう。

【神は耐えられない試練には介入して下さる:脱出の道】

しかし、出エジプト記では耐えられない試練がイスラエルを苦しめるようになります。
悪賢いパロがイスラエルを苦しめるために、生まれた男の子を殺すように命じたのです。しかし、神は助産婦に神を恐れる気持を起こさせ、パロの命令に背かせました。

神は耐えることの出来ない試練に私たちを会わせません。
また私たちを滅ぼすような苦難に対しては脱出の道を備えて助けて下さるのです。

さらに神はイスラエルをエジプトから解放するためにモーセを選ばれたのです。
イスラエルをエジプトの虐げから完全に解放するためです。

主はイスラエルを変わらず愛されているように、私たちもイエス・キリストにあって神の子供にして下さいました。神は私たちが問題に押しつぶされることがないように、必ず助けを与え、必ず解放の道を用意して下さいます。

「それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められた。」出エジプト記2章23節から25節

天の父なる神はイスラエルを愛し、いつも目を留めていました。その苦しみ、その辛さを放っておくことが出来ないのです。私たちも主イエスの救いによって神の民、神の子になりました。天の父なる神は私たちも同じように愛しておられるのです。
神は私たちの辛さ、苦しさをご存じです。

「主は仰せられた。『わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを確かに見、追い使う者の前の彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを知っている。』」
出エジプト記3章7節

天の父は私たちの悩みをご覧になり、私たちの叫びを聞いて下さる方。そして私たちの痛みを知って下さる方です。


私たちは天の父なる神の愛を覚え、いつも神に祈りましょう。
試練は信仰によって受け止めるならば、必ず成長を私たちにもたらします。
試練に耐える力と信仰、そして知恵が豊かに与えられるように祈りましょう。

もし耐えられない試練なら、主は脱出の道を備えて下さいます。
救いと脱出の道が与えられるように主に祈り求めましょう。