「イエスから目を離さないでいなさい」
ヘブル人への手紙
牧師 小林智彦

今週と来週はヘブル人への手紙から学びましょう。

ローマ人への手紙から先週学んだピレモンへの手紙までは異邦人クリスチャンに宛てて書かれた手紙ですが、ヘブル人への手紙からヨハネの黙示録まではユダヤ人クリスチャンに宛てて書かれた手紙、また文書であると言えます。
特にヘブル人への手紙はその名の通りユダヤ人クリスチャンに宛てて書かれました。

ヘブル人への手紙には明確な宛先と差出人が不明です。
どの地域に住むユダヤ人クリスチャンに向けて、誰がいつ頃書いたのか分かりません。
著者はパウロと考える学者も大勢いますが、私はパウロではないと確信します。

「この救いは最初主によって語られ、それを聞いた人たちが、確かなものとしてこれを私たちに示し」ヘブル2章3節(後半)とあるように、この手紙の著者はキリストの12弟子、また使徒ではないことが分かります。著者は12弟子の弟子、またはパウロたちを含む使徒の弟子と考えられます。また13章23節には「兄弟テモテが釈放されたことをお知らせします」とあります。パウロならばテモテのことを「兄弟」とは呼ばないはずです。

これらのことから、私はヘブル人への手紙の著者はパウロ、またペテロの弟子であり、明確に特定は出来ないがユダヤ人クリスチャンであろうと考えられます。
著者については優れた聖書学者も明確な答えが出せていません。また本文を読めば、著者が優れた信仰者であることは明確なので、誰であるかはこの手紙を理解し、信仰生活に適用する上ではあまり大きな問題とはならないでしょう。

理解が必要なのはヘブル人への手紙が書かれた背景と目的です。

13章23節には「兄弟テモテが釈放されたことをお知らせします」とあります。
使徒の働き、またパウロの手紙からテモテが逮捕された記述は見あたりません。
パウロが処刑される直前に書いたテモテへの手紙第二でも、テモテはエペソにいました。
パウロが処刑されたのはAD67年と考えられるので、テモテの逮捕、釈放は当然その後だと考えられます。

また本文の内容については後で詳しく触れますが、ユダヤ人クリスチャンがキリストにある救いからバック・スライド(後退)して、古いユダヤ教の伝統に帰ろうとしていることが分かります。神殿で行われる儀式中心の古い形式的な教えに逆戻りしているのです。
ユダヤ教の中心はエルサレムにある神殿です。しかしエルサレムの神殿はAD70年にローマの将軍テトスによって破壊されてしまいました。
神殿が破壊された後に儀式中心のユダヤ教に帰ることは考えられないので、その前にヘブル人への手紙は書かれたのだと考えられます。

これらのことからヘブル人への手紙はAD68年から70年の間に書かれたと考えられます。AD68年はネロ帝が失脚した年です。彼はキリスト教徒をローマの大火の犯人として迫害しましたが、やがては誰の目からもキリスト教徒に罪がないことが明白になりました。ネロはそれまでの失政の責任を取り自害しました。それがAD68年です。
テモテはネロ帝の迫害のなかで捕らえられたが、ネロ帝の失脚により処刑を免れて釈放されたのではないかと考えられます。

宛先もテモテの釈放を一番に伝える必要のあるエペソの教会と考えられます。
エペソ教会のユダヤ人クリスチャンに向けて書かれたのがこの手紙だと考えられます。

それでは、これらの背景を整理し、またヘブル人への手紙の内容からもこの手紙が書かれた目的を考えてみましょう。

AD67、68年はネロ帝によるキリスト教徒への迫害が激しい時でした。
そしてエペソのクリスチャンにとっては指導者たちが相次いで逮捕され、処刑される年でした。エペソ教会の創立者であり使徒であるパウロ、そしてキリストの直弟子、12弟子の中でも筆頭の弟子であるペテロも殉教しました。そして遂にエペソ教会の牧師であるテモテも捕らえられたのです。数年に渡る激しい迫害、そして教会の指導者たちを次々と失う状況の中にエペソ教会は置かれていました。

またネロ帝の迫害だけでなく、ユダヤ教徒からの迫害もありました。
指導者を失った中、次々と起こる異端の教えによって信徒は混乱して行きました。

そしてAD66年にはユダヤの地でローマに対する反感が強まり、とうとうローマとの戦争(第一次ユダヤ戦争)が勃発します。当然エペソのユダヤ人クリスチャンたちは祖国ユダヤの勝利を願い、民族意識が高まったことが考えられます。

長く厳しい迫害、指導者が処刑され、また投獄されたために混乱する信徒たち。
祖国で始まった戦争。これらのことが重なりユダヤ人クリスチャンの中にはキリストに対する信仰が弱まり、教会から離れていく者が少なからず現れてきました。

「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。」
ヘブル10章25節

信仰がバック・スライド(後退)した人たちは、迫害や混乱という問題に目を向けて、キリストから心が離れてしまった人たちでした。

彼らは迫害の危険を伴う主の集会から離れ、安全で、慣れていた古い習慣に戻ってのです。
形式的で命のない儀式中心のユダヤ教に戻ってしまったのです。
キリストよりも御使いを優れた者と思い、儀式中心の神殿礼拝の方が御霊に導かれる礼拝よりも優れていると思い直したのです。しかしそれは大きな間違いであり、信仰の後退にしか過ぎませんでした。彼らの信仰は沈み始めていたのです!

私たちの信仰生活は水の上を歩かれるイエスに信仰によって付いて行くようなものです。
ペテロは水の上を歩くイエスを見て驚きましたが、自分も水の上を歩いてイエスのもとに行けるように招いて下さいとお願いしました。(マタイ14章22から33節)
イエスがペテロに「来なさい」と言われたので、ペテロは船から出ると、なんとペテロまでが水の上を歩けるようになっていました!喜んで湖の上におられるイエスのもとに歩いていきましたが、しばらくして彼は湖面を吹いてくる風に気を取られてしまいました。
その一瞬ですが、イエスから目を離し、風に目を向けてしまったのです。
ペテロの心は平安を失いました。風を見て心に恐怖が生まれたのです。
その時から、彼は湖の中に沈み始めました。

信仰がバック・スライドしたユダヤ人クリスチャンも同じでした。
彼らはイエスの十字架と復活を信じ、信仰によって新しく生まれ変わりました。
彼らは形式的で命のない宗教からイエスの招きに応じて出たのです。ペテロが船から出て湖のイエスのもとに向かったようにです。驚くべき奇跡、信仰に伴う喜び、聖霊の満たしを彼らは経験しました。しかし、迫害が訪れ、身に危険が迫ったとき、ペテロが風を見て恐れたように、彼らもキリストから目を離して問題だけを見つめてしまったのです。
その時、彼らの信仰は後退し、沈み始めました。
命のない形式的な宗教に逆戻りを始めたのです。

私たちもイエスから目を離してはならないのです!
私たちの信仰生活にも必ず試練の時は訪れるでしょう。問題を正しく捉え、適切に対処していくことは大切です。しかし、決して問題だけを見てはなりません。
キリストをいつも見上げ、キリストとともに問題に向き合うのです。
イエスを見失った瞬間に、私たちの心から平安は失われ、恐怖が心を支配します。

ヘブル人の著者がバック・スライドしたクリスチャンに向けて語りかけている言葉も同じです。

「信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」
ヘブル12章2節

私たちの霊の目はイエスを見続けていますか?
私たちの心にはイエスから来る復活の命に伴う平安と喜びに満たされていますか?

それとも、私たちの心には私たちを取り巻く問題に対する恐れに捕らわれていますか?
キリストを信じたときに捨てた古い悪習慣が懐かしくなってはいませんか?
キリストを否定する価値観、文化を肯定するようになってはいませんか?

もしそうなら、再びイエスを見上げましょう!

私たちを取り巻く問題がどんなに大きくても、その解決はイエス・キリストにあります!

ユダヤ人クリスチャンたちが問題の解決を御使い(天使)に求めたり、自分たちの民族的な誇りである神殿や律法に求めたのは大きな信仰の後退でした。
やがて彼らは問題に飲み込まれ、一番大切なイエスとの関係をも失ってしまったのです。

私たちにもそれぞれ頼りとするものがあると思います。自分には学歴がある、能力がある、体力がある!どんな問題でも乗り切れると、キリストにある解決を見失うならやがては疲れ切り、不安に包まれ、問題に飲み込まれてしまうのです。

ヘブル人の手紙の中で何度も繰り返し使われている言葉は「さらにすぐれた」です。
ユダヤ人が誇りにしていた神殿や律法、モーセや祭司よりもキリストは「さらにすぐれた」方なのです!

私たちの持っている能力よりも、財産よりも、学歴よりも、ルックスよりも、体力よりも、キリストは「さらにすぐれた」お方です!

私たちの心と思いがキリストから離れて、より劣ったものに希望を置かないようにしましょう。私たちはキリストをいつも見上げ、キリストをいつも信じ進んでいきましょう。