「聖霊のバプテスマ、それは父の約束!」
使徒の働き
牧師 小林智彦

「五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」使徒の働き2:1〜4節

今日は2千年前に弟子たち一同が聖霊に満たされたペンコステの記念日です。
弟子たちは聖霊のバプテスマを受け、聖霊に満たされ、この日から教会が始まりました。ペンテコステとはギリシャ語で第50を意味します。ユダヤ人の過越しの祭りから数えて50日目にあたるのがペンテコステです。

今日はペンテコステを記念して聖霊さまと私たちの関係について、聖書から学びます。

【なぜ私たちに聖霊さまの満たしが必要なのか?】

質問:なぜ弟子たちに聖霊さまが臨まれ、弟子たちは聖霊に満たされたのでしょうか?

答え@)弟子たちが聖霊さまによって満たされることは、天の父なる神さまの約束でした。

「彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。『エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。』」使徒1章4.5節

「聖霊のバプテスマ」、また「聖霊の満たし」は父なる神の約束です!
私たちが聖霊さまに満たされることも、また約束されてます。
天の父も、イエスさまも弟子たちが聖霊さまに満たされることを願っていました。
そして天の父もイエスさまも、私たちが聖霊さまに満たされることを願っているのです!
12弟子たち、またその時にエルサレムにいた120人の弟子たちが特別だったから、聖霊に満たされたのではありません。イエスを信じる者は誰でも、聖霊さまに満たされなければならないのです。聖霊に満たされた弟子が特別なのではなく、聖霊に満たされた弟子が本当は普通の状態なのです!なぜなら聖霊に満たされることは父の約束だからです。

質問:なぜ弟子たちは(私たちも含めて)聖霊さまの満たしが必要なのでしょうか?

答え@)聖霊さまはイエスさまの弟子たちに必要な助けを与えるから。

聖霊さまが与えて下さる助け:

「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。」:ヨハネ福音書14章16.17節

イエスさまは聖霊さまを「もう一人の助け主」として紹介されました。
この「もう一人」とは、イエスさまと比べて少しも劣ることがないことを意味しています。イエスさまが愛のお方であったように、聖霊さまも愛のお方です。
イエスさまが良い牧者であられたように、聖霊さまも私たちを慰め、励まして導かれる方です。イエスさまと全く同じ神さまが(ただ聖霊さまは肉体を持たれない)、私たちを助けるために来られ、私たちが天に帰るまで、いつまでもともにいてくださるのです!

「しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」ヨハネ福音書14章26節

「たしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。」ヨハネ福音書15章26節

「しかし、わたしは真実を言います。わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」ヨハネ福音書16章7.8節

「しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。御霊はわたしの栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。」ヨハネ福音書16章13.14節

答えA)私たちが力を受けてイエスさまの証人となるために、聖霊さまは不可欠だから!

「しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」
使徒の働き1章8節

イエスさまが神の一人子であり、生ける真の神、私たちに真の救いを与える救い主であることを証明し、その証人となるには聖霊さまの助けと力が必要不可欠です。
しかし、聖霊さまが私たちの上に臨まれるなら、私たちは証人となる力を受けるのです。

キリスト教を知的に説明する人は日本にもたくさんいます。
しかし、神が願っているのはキリスト教の伝達者ではなく、イエスの証人です!
キリスト教の伝達者なら勉強すれば成れるでしょう。
しかしイエスの証人、人々を滅びから命に方向転換させる力強い証言は聖霊に依らなければ出来ないのです。神は私たちがイエスの証人になることを願っておられるのです。

だから!私たちは聖霊さまに満たされましょう。

【聖霊に満たされた弟子たちの姿】聖書箇所:使徒の働き2章

聖霊さまは私たちに助けを与え、証人となる力を与えて下さる方です。
聖霊に満たされた弟子たちには、どのような変化が起こり、何をしたのでしょうか?

@他国のことばで話し出す弟子

「すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。」使徒2章4節

聖霊さまに満たされた弟子たちの、目に見える変化の第1番目は「他国のことばで話しだした」ことです。

異言の賜物とも考えられますが、ここでは明確に意味のある外国語を話し出しました。
これが弟子たちに聖霊さまが臨まれた時の始めの変化であり、しるしでした。
この聖霊の満たしに伴うしるしには意味があると思います。

イエスさまは聖霊を受けると力を受け、地の果てにまで主の証人となると言われました。すなわち海外宣教まですると仰っているのです。私たちの国、日本はイスラエルから見ると日の昇るところの国、また地の果ての国になります。イエスさまの言葉は実現して、日本にまで福音は伝わってきたのです。しかし、それは自然に伝わったのではありません。宣教師によって伝わったのです!

私も22歳の時、ブラジルに短期宣教に行きました。飛行機で30時間かけて行きました。赤道の真下にあるアマゾン川の流域をバイクに乗って宣教しました。
イエスさまを外国で伝える上で最も大きい障壁は言葉です!
言葉の違いは大きいです。言葉が分からなかったら、福音は伝えられないのです。
言葉は文化を産み、文化は言葉を産みます。言葉と文化は同じです。
言葉と文化の違いこそが、宣教における最も難しい問題なのです。

しかし、聖霊さまはこの一番の難問を一番最初に乗り越える奇跡を行われました。
弟子たちは習ったことのない外国語で、突然、神を宣べ伝え、讃え始めたのです!

宣教活動に伴う困難も、聖霊に満たされるなら必ず解決することを示されたのです!

これは海外宣教にだけのことではありません。私たちは国内で伝道するにも難しさを覚えます。言葉以外のさまざまなギャップがあります。性別の違い、職業の違い、生まれ育った地域の違い、年齢の違い、ジェネレーション・ギャップです。
私たちの努力や頑張りでは乗り越えられない壁もたくさんあります。
しかし、聖霊さまは最も難しい言語の壁を乗り越えるしるしを通して、聖霊さまに満たされ、聖霊さまに導かれて伝道するなら必ず乗り越えられることを示されたのです!

だから先ず!聖霊さまに満たされましょう。

A大胆にイエスを証しする弟子

「そこで、ペテロは十一人とともに立って、声を張り上げ、人々にはっきりとこう言った。『ユダヤの人々、ならびにエルサレムに住むすべての人々。あなたがたに知っていただきたいことがあります。どうか、私のことばに耳を貸してください。』」使徒の働き2:14節

ペテロも他の弟子たちも大胆に群衆に向かってイエスが神であることを証しました。
一ヶ月半前にユダヤ人の指導者を恐れて、イエスさまの見ている前でイエスさまを知らないと嘘をついた人間とは思えません。他の弟子たちもイエスさまを見捨てて逃げたのです。
彼らは死の危険を前に、怯えきっていたのでした。

ところが聖霊さまが彼らに臨み、彼らを満たした時、彼らは大胆になりました。
恐れが、隣人の救いを願う愛によって溶かされたのです。
彼らの大胆さは、無鉄砲さや、ただの勢いから出たものではなく、愛から出たものです。

「愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。」第一ヨハネ4章18節

聖霊さまは私たちの恐れを取り除きます。なぜなら聖霊さまは神であり、神は愛です!
聖霊さまに満たされる時、私たちの恐れは聖霊の愛によって覆われるのです。

私たちに恐れはないでしょうか?主を証しするのに恐れはないでしょうか?
当然!恐れはあるでしょう。日本は頑ななまでに福音を拒み続ける悪霊が働いています。
日本の魂が真の神を知ることが出来ないように、偽りの神々(悪霊)が人々の目と耳を塞いでいるのです。福音に対する大きな誤解があります。変な目で見られます。
この恐れには、人間の力では勝てないのです!
弟子たちも、ユダヤ人のリーダーを恐れて逃げたのです。人間には出来ません。
ただ聖霊の愛に満たされる時、私たちはこの恐れに勝利することが出来るのです。
聖霊の愛、聖霊さまに満たされることを求めましょう。

B心に届くメッセージを語る使徒

「人々はこれを聞いて心を刺され、ペテロとほかの使徒たちに、『兄弟たち。私たちはどうしたらよいでしょうか。』と言った。」使徒の働き2章37節

聖霊さまに満たされて、私たちが福音を語ると、このような驚くべき実を結びます。
福音のメッセージが、心の奥深いところに届くのです!

「たとい、私が人の異言や、御使いの異言で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。」第一コリント13章1節

私も人間的な力で、皆さんを立派なキリスト教徒に変えようと福音をもって説得するなら、いくら頑張っても、皆さんをイライラさせるだけでしょう。
しかし、聖霊さまに満たされ、愛を持ってメッセージする時、初めて皆さんの心に触れ、皆さんも神さまに心を開き、愛を受け止めようと思われるでしょう。

聖霊に満たされることです!人間的な頑張り、努力で福音を伝えても、人々の心には届かないのです。もちろん、聖霊さまに満たされて福音を語っても、頑なな人はいます。
イエスさまのメッセージにすら反抗する人がいるのですから、私たちが聖霊に満たされて福音を語っても、全ての人が救われるとは限りません。
ただ、救いに定められている人は、必ず救われていくでしょう。

聖霊に満たされることです!

それは福音を伝える直接的な働きだけではなく、三浦綾子さんのように小説を通して主を証しすること、星野富弘さんのように絵と詩を通して主を証しすることも出来るのです。
聖霊に満たされたクリスチャンの作品は、人々の心に強烈に主を映し出すのです。

【どうしたら聖霊に満たされるのか?】

それではどうしたら聖霊に満たされるのでしょうか?
私たちは特別なことを何もしなくて良いのです。なぜなら聖霊に満たされることは父の約束です!しかし、現実には聖霊に満たされていないクリスチャン、聖霊に満たされることすら知らないクリスチャンもいます。しかし、健全な信仰生活を送っているのなら、また健全な福音理解(聖書を神が意図されているように理解すること)を持っているなら、必ず聖霊に満たされます!

しかし、幾つかの最低必要な事柄があるので分かちあいたいと思います。

@悔い改め水のバプテスマ

「そこでペテロは彼らに答えた。『悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。』」使徒の働き2章38節

聖霊を受け、聖霊に満たされることは父の約束ですが、ペテロは悔い改めることを条件にしています。罪を示されるのは聖霊さまです。聖霊さまが悔い改めるべき明確な罪を示していながら、それを拒むなら、聖霊に満たされることはありません。

聖霊の言うことに従わないで、聖霊さまに満たされることは矛盾しますね。
聖霊は神の霊、その名の通りきよいお方です。聖霊は罪を憎み、嫌われます。
また罪を犯し続けるクリスチャンに対しては悲しまれます。

「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。」エペソ4章30.31節

聖霊は私たちの罪を示して下さり、また悔い改める力を与えて下さる方なのです!
神は罪を一方的に指摘しながら、手助けしないような冷たいお方ではありません。
聖霊さまは私たちが罪から抜け出し、悔い改める力を与えて下さるからこそ、その罪を指摘して下さるのです。私たちに必要なのは謙り、聖霊の助けを求めて罪から離れる決心をすることなのです。

しかし、これほどまでに助けを与える聖霊さまの声を無視し続けるなら、聖霊は消えてしまいます。「御霊を消してはなりません。」第一テサロニケ5章19節

だから私たちは熱心になって悔い改めましょう。聖霊の声である聖書のことばに、聖霊の助けを求めながら従いましょう。

ペテロが水のバプテスマを条件としているのは、水のバプテスマは悔い改めのしるしだからです。罪深い生き方に神の力によって死ぬことの決意が水のバプテスマでもあるのです。罪の生活に死にたく無い人は、決して聖霊を受けることはありません。

A祈り求めること

「してみると、あなたがたも、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」ルカ11章13節

求める者は誰でも与えられるのです!
私たちの回りには神を知らないで滅びていく大勢の人々がいます。
この人々にイエスにある真の救いを伝えるために、イエスの証人になりたい、「聖霊さま私を満たし、力を与え、あなたを証させて下さい!」と祈り求めるなら、その人は必ず聖霊さまの満たしを受け、イエスの救いを伝える者に変えられていくのです。

※聖霊の満たしにおける誤解

聖霊の満たしを、何か神憑りと体験と誤解している人がいます。身体的に何かいつもと違うことが起こらなくても、もちろん聖霊に満たされています。
あるグループは異言で語らなければ聖霊に満たされていない、聖霊を受けていないと言う教理を持っています。私たちは、これは現象面だけを拡大解釈した結果であると思います。私たちはこの教理を指示していません。

しかし、聖霊に満たされるなら、私たちには神と人への愛が増していきます。
また福音を伝えたい情熱が与えられます。今まで普通と思っていたことでも、罪を憎むようになります。聖書の理解が増します。恐れが愛によって溶かされていきます。
悔い改めることに抵抗がなくなります。

あなたの今の状態がこのようでなくても、自分を責めないで下さい。
ただ聖霊を求めることです!それが答えなのです。