「強くあれ、雄々しくあれ!」
ヨシュア記1章1節から9節
牧師 小林智彦

【神が私達に与えられた使命】

「さて、主のしもべモーセが死んで後、主はモーセの従者、ヌンの子ヨシュアに告げて仰せられた。『わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」ヨシュア記1章1節から3節

偉大な主のしもべモーセは死にました。しかし、モーセに与えられていた神の使命が終わることはありませんでした。モーセの後に立てられたヨシュアが引き継いだのです。

神はイスラエル民族の先祖アブラハム、イサク、ヤコブに与えた約束、カナンの地を与える約束を実現するためにモーセをリーダーとして立てられました。
しかし神はモーセが死んで後、モーセに与えた使命を従者であったヨシュアに与えました。

神はご自分の民に使命を与えられる方です。
ヨシュアとイスラエルの民には約束の地カナンを獲得することを使命として授けました。

それでは私達クリスチャン、イエスにあって神の子供とされた私達にはどのような使命を神は与えておられるのでしょうか?

神は愛し信頼する者には、ご自身の働きを分かち合って下さいます。
アダムとエバを創造された時も、「生めよ。ふえよ。地を満たせ。地を従えよ。海の魚、空の鳥、地をはうすべての生き物を支配せよ。」と使命を与えられました。
またエデンの園を耕すと言う具体的な働きもアダムには与えられました。

イエスさまも地上には天の父なる神の御心を行うために来られたのです。
イエスさまも天の父から明確な使命が与えられ、心を込めてそれを行われたのです。

神の民であるのなら、神から与えられている使命があります!
神は私達を愛し、信頼しているからこそ、大切な神の働きを分かち合って下さるのです。
私達に与えられている神さまからの使命、働きとは一体なんでしょうか?

@「それから、イエスは彼らにこう言われた。『全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。』」マルコ16章15節

これはイエスさまが天に帰られる前に弟子たちに授けた使命です。大宣教命令と言います。
「神が人となられて私達の罪の身代わりとなって十字架で死んで復活された!誰でもイエスを救い主として信じる者は罪赦されて、神の子にされる!」これが福音です。
この素晴らしい救いの知らせを、すべての人に伝えることが私達の使命です。

A「それゆえあなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。」マタイ28:19

そして、あらゆる国の人々を弟子とすること!これも神が私達に与えた使命です。
この二つが大宣教命令として私達クリスチャンに与えられている第一の使命です。
そして、この使命が目指すところは神の愛と神の義が全世界を覆うことです。

神は私達を愛し、価値ある者として認めて下さっているので、大切な働きを私達に分かち合って下さるのです。神の働きを私達が行えることは、私達の最高の栄誉です。
神はご自身の使命を行う者を「福音の大使」、「神の和解の使者」として用いるのです。

【使命を行うためのアクション!(実践)】

神が与えた使命が明確になったら、次にすることは行動・実践(アクション)です!

カナンの地は既にイスラエルの物だと、神はイスラエルの先祖達に約束されました。
神の約束には二通りあるようです。一つはただ待ち望むことによって与えられるもの。
ペンテコステの日に聖霊が弟子達に注がれましたが、弟子たちはただ待っていただけです。
しかし、もう一つの約束は私達の信仰による行動が必要になります。

「今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。」ヨシュア記1章2.3節

約束が実現するにはイスラエル人が「立って」、「ヨルダン川を渡り」、「足の裏で踏む」ことが求められているのです!
カナンの地が与えられる約束は、ヨルダン川の手前で座って待っていても、いつまでたってもイスラエル人のものにはなりません。「立って」「川を渡り」「足で踏む」ことです!

「立って」:私達もまず自分の使命を確信して、信仰に立つことです!
「川を渡り」:私達も自分の領域ではなく、神の指し示す地に渡っていきましょう!
これは困難を乗り越えていくことをも表しています。
「足で踏む」:神が指し示す地にたどり着くことです!途中で諦めないで下さい。

【具体的な適用】

今週、神の使命である「福音を伝えること」、「弟子とすること」をどのように自分が行えるかを祈りながら考えて下さい。具体的な計画を立てて下さい。

まず祈りの中で、この使命に立つことが出来るように信仰を求めて下さい。
具体的に「誰に福音を伝えるのか」を示して貰いましょう。
福音を伝えることを妨げている問題は何でしょうか?
乗り切る確信が与えられるようにも祈りましょう。

また既に福音を伝えるように示されている人々がいるなら分かち合って下さい。

【わたしはあなたとともにいる】

次に神さまの素晴らしい約束を覚えましょう!

「あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」:ヨシュア記1章5節

この約束も私達に与えられています!

「そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。」マルコ16章20節

イエスさまは天に帰られ、私達の目には見えませんが、イエスの霊である聖霊様はいつも私達とともにおられるのです!聖霊様はヨシュアに語られたように私達にも語って下さいます。

「あなたの一生の間、だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない。わたしは、モーセとともにいたように(使徒たちとともにいたように!)、あなたとともにいよう。わたしはあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」:ヨシュア記1章5節

イエスさまがともにいて下さるのなら、「だれひとりとしてあなたの前に立ちはだかる者はいない」のです!

「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」第一コリント10章13節

神は私達が敵に打ちのめされることを決して願いません!これは約束です。
必ず私達はキリストにあって勝利します!解決出来ない問題はありません!
だからヤコブは試練を喜びなさいと教えているのです。
解決不可能と思えることも、キリストにあって私達は乗り越えることができるからです。

神は神を信じる皆さん、一人ひとりと一緒におられます!
神がともにおられるので、どんな問題にも押しつぶされることはなく必ず勝利します!

【強くあれ、雄々しくあれ!】

神はこの素晴らしい約束の後に続けて命じられます。「強くあれ、雄々しくあれ!」と。

もし世界最強のボディー・ガードが付いていたらどんな所に行っても恐くありませんね。イエスさまこそ、世界最強のボディー・ガードです!何故なら罪にも死にも悪魔にも、完全に勝利されたからです。この方がいつまでも一緒にいて下さるのです。

だから私達は恐れを捨て去りましょう!臆病を捨てましょう!神は臆病を憎まれます。
イエスさまがともにおられると言って下さっているのに、私達がなおも臆病なら、私達はイエスを信じていないことになります。

しかし、私達の中に不安や恐れがあるのも事実です。
皆さんが不安な恐れを抱くのはどの部分ですか?何を恐れて避けていますか?
恐れがあるところにイエスさまはおられません!
過去の傷や失敗の辛い思いが不信仰になり、イエスさまをそこから追い出しています。

過去の傷、辛い体験の中にイエスさまを招き入れましょう!
怯えている自分の心に語りかけて下さい。「もう一人じゃない!イエスさまが一緒だよ!」

同じ体験が襲ってきても、いまは大丈夫です。あなたを守る神がともにおられるからです。

(適用) 恐れに捕らわれて、自分一人では解決出来無い人は牧師とともに祈りましょう。何度祈っても恐れが心から出ていかない場合、その事件に関連する罪の責めが考えられます。神に罪を告白し、明確な赦しを受ける必要があります。罪を抱えたままだと、その中に暗闇が出来、悪い霊が自由に居座ることを赦してしまいます。

【みことばを実行する人になりなさい】

神からの使命が明確になり、神の約束が確かに分かったなら、後は「みことばを実行する」だけです!

「ただ強く、雄々しくあって、わたしのしもべモーセがあなたに命じたすべての律法を守り行なえ。これを離れて右にも左にもそれてはならない。それは、あなたが行く所ではどこででも、あなたが栄えるためである。この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。」ヨシュア1章7.8節

今年の目標聖句と同じことを言っています。みことばを実行すること、そしてみことばを行うものは、その行いによって祝福されるのです。