「この上もない喜び」
マタイによる福音書2章1節から12節
牧師 小林智彦

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」(2節)

救い主イエスが誕生した時、一つの星が空に現れました。
この星は昔から救い主が誕生する時に印として、天に現れる星とされていました。

私たちはクリスマスにクリスマス・ツリーを飾ります。
クリスマス・ツリーに無くてはならない物、それは木の上に付ける星です。
この星こそ、キリスト誕生の時に空に上った星を記念しているのです。

この星は東方の博士達をキリストの下に導きました。
この星は希望の星です。この星は私たちも真の希望に導くのです。

明るく輝く星は数多くあります。私たちは星に願いを託して、明るく輝く星の後を何度も追いかけたことがあります。しかし、そのほとんどが希望が失望に変わりました。

しかしこの星は私たちを真の希望に導く星です。その真の希望とはイエス・キリストです。

「見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。」(9.10節)

星に導かれてキリストの下にたどり着いた博士達は、幼子キリストを見ました。
彼らは救い主として誕生したイエスに出会い、「この上もなく喜んだ」のです!

なぜ私たちはクリスマスを祝うのでしょうか?
それは「この上もない喜(び)」の日だからです。
イエス・キリストとの出会いは私たちに最高の喜びを与えるからです!

イエス・キリストとの出会いが、なぜ私たちに最高の喜びを与えるのでしょうか?
博士達がイエスに捧げたプレゼントの中に、その答えが隠されています。

「そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。」(11節)

博士達は幼子イエスに黄金、乳香、没薬をプレゼントしました。不思議な贈り物です。

乳香は香料の一種で、中東では神を礼拝する時のお香として用いられていました。
博士達は幼イエスを神の一人子、救いの神であるとイエスを受け入れたのです。
真の神との出会いは私たちに大きな喜びを与えます。
なぜなら神は愛だからです。

聖書にはこのように書いてあります。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」ヨハネ3:16

イエスの誕生は神が私たちを心から愛していることの印です!
神は私たちを心から愛し、一番大切な神の御子を私たちに救い主として与えられたのです。

私たちはクリスマスにプレゼントを贈り合います。博士達も贈り物をしました。
しかし、まず神が私たちに御子イエスを私たちの救いのために与えられたのです!
神から与えられた御子イエスを受け取る時「この上もない喜(び)」が心に満ちるのです。

次に没薬です。没薬も香料の一種ですが、中東では死者のために用いられる香料でした。没薬の殺菌作用と強い香りが死者の腐敗臭を押さえるため、遺体に塗られたのです。
没薬はイエスの十字架を背負う生涯への感謝を表しています。
イエスが十字架を背負われたのは、私たちを罪と死から解放するためでした!

聖書は人間の根本的な問題は罪であると教えています。
しかし誰ひとり罪に打ち勝つ力が無いのです。誰もが罪の奴隷であると聖書は言います。
しかしイエス・キリストは罪と死に勝利した救い主です。
イエスは私たちを罪と死から救い出すために、生まれたのです。
私たちは罪と死に対して救いを見いだす時「この上もない喜(び)」に満たされるのです。

最後に黄金です。黄金は王に贈り物です。イエスの王としての権威を認める贈り物です。私たちの心の中心には一つの王座があります。誰が座るかで私たちの人生は変わります。自分が心の王座に着くと、自己中心の生き方になります。
誰か他人が座ると、人の顔色を伺う人生、他人に振り回される生き方になります。
しかし、神が私たちの心の王座に着かれるなら、神が私たちを導く人生に変わります。
愛と真理の神が私たちの心を治める時、私たちの心の荒波は収まり、平安が訪れます。
イエスを王として心の中に迎え入れた博士達は「この上もない喜(び)」に満ちたのです!

「見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。」(9.10節)

今晩、私たちは目には見えませんが、救い主キリストを指し示す星に導かれて来ました。皆さんは神の御子イエス・キリストの中に示された希望を見つけました。
博士達は東方でこの希望を見つけ、イエスに出会い、喜びに満たされたのです。

私たちも私たちの救い主としてお生まれになったイエス・キリストを心に迎え、この上もない喜びと、確かな希望を神さまから頂きましょう。