「悔い改めによってキリストの体に加えられる」
牧師 小林智彦

【教会はキリストの体であり、私たちはその器官である(先週の学び)】

先週はキリストの体である教会について分かち合いました。
教会はキリストの体であり、その頭はキリストであること。
そしてキリストの体である教会はキリストを主と信じる者、即ち私たちでした。
私たちがキリストの体です。
キリストの体が生き生きと動き、頭であるキリストに結びついてキリストの御心を行うようになるには、体の各器官がまず受けること、そして受けたものを与えることでした。

キリストが愛を私たちに与え、私たちがキリストの愛に満たされると、その愛を他の器官に分かち合っていきます。そのようにしてキリストの体全体が愛で満たされます。
そしてキリストの体全体が、教会全体がその地域においてキリストの愛を表します。

このようにしてキリストの体である教会は愛と赦し、また恵に満ちあふれてキリストの栄光を表すものとなるのです。

まず受けること、そして受けたものを分かち合うこと、与えることです。

これが先週分かち合ったことでした。

今週はキリストの体に組み入れられることについて分かち合いたいと思います。

【悔い改めを通してのみ、私たちはキリストの体に組み入れられる】

私たちはそれぞれが貴いキリストの体を構成する器官です。
どのようにして私たちはキリストの器官として、キリストの体、教会に組み込まれたのでしょうか?それは悔い改めを通してキリストの体に組み入れられたのです。

悔い改め以外にキリストの体に組み入れられる方法はないのです!

キリストの体は聖なる体です。私たちの生まれつきの肉とは根本的に異なるのです。

医学が進歩して他人の臓器を移植することが出来るようになりました。
それは優れた免疫抑制剤が出来たからです。人間の体は自分の臓器なのか、他人の臓器なのかをハッキリと識別することが出来ます。だから他人の臓器を移植したら、免疫機能が働いて異質なものを攻撃するようになっているのです。

キリストの体も同じです。キリストの体は聖なる神の体ですから、神以外のものを組み込もうとしたら免疫機能が働いてしまうのです。異質なものであることが示されるのです。

それならどうしたら私たちがキリストの体に組み込まれるのでしょうか?
悔い改めを通してのみ!キリストの体に組み込まれるのです。

悔い改めをせずに、キリストの体の中に組み入れられることはあり得ません!

悔い改めとは何でしょうか?悔い改めを正しく知ることが大切です。
悔い改めとはこれです。ガラテヤ2章20節です!

「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」
:ガラテヤ人への手紙2章20節

分かり易く言うならばこうです。

「生まれながらの罪深い性質の私はキリストと一緒に十字架で死にました。
私は死んだのです!(罪の中に生きない!)
しかし、イエスが三日目に復活された時、イエスを主と信じる私は新しい性質をもって新しく造られ産み出されたのです。」(自分が新しくされた自覚)

私たちは古い性質に一度死んで、神の子供としての性質に生まれなければ、キリストの体に組み入れられることはないのです。

どんなに頑張っても、どんなに修行しても、どんなに良いことをしても、ダメです。
悔い改めなければ、私たちはキリストの体に組み込まれることはないのです。

悔い改めとは旧約聖書では神に立ち返ると言う意味です。
新約聖書では向きを変える、もしくは思いや考え、また性質が変わると言うことです。

私たち生まれながらの罪人が、神の子供として生まれ変わることこそ、最大の悔い改めなのです。それを可能にするのは私たちの頑張りや努力や修行ではありません!
キリストの十字架の死と復活が私たちの罪の性質を滅ぼし、新しい性質を与えるのです。

【まず神との関係を悔い改めるのか?】

私たちはまず、神との関係を悔い改めなくてはなりません。

私たちはほとんどが真の神を知らない人生を歩んできました。
無神論者のように神を否定する考えを持っていたり、また唯一の神ではなく、神々を拝んでいた人もいるでしょう。また神に対して無関心の人もいます。

私たちはまず神に対して神との関係を悔い改めることから始めなくてはなりません。

唯一の神がおられることを認めること、神を知らない、神のいない人生には意味も目的もないことを神の前に認め、このような人生から私を助けて下さい!と祈ることです。

ある人が聖書の勉強会に参加していました。とても熱心に聖書を学んでいました。
しかし、その人はイエスを救い主として、また主としては受け入れませんでした。
その人は高い学歴を持ち、エリートコースを歩んでいる人でした。
その人は神に何かを助けてもらう必要がないと言っていました。
また満足した人生を歩んできたので、悔い改めの必要を何ら覚えないとのことでした。

私はこの人を尊敬していますし、とても好感を持っていますが、残念ながらこの人はまだ救われてはいないのです。熱心に聖書を学んでいますが、まだ神ご自身を知らないのです。
立派な人で有能な人ですが、そのままキリストの体に組み入れられることはないのです。
悔い改めを通して神の恵みを体験し、また神の子供に生まれ変わってないからです。
私としてはこの人にはまだ救いの時が来ていないのだと思っています。

良い満たされた人生を歩んでいようと、辛く悲しい人生を歩んでいようと、唯一の神を知らない人生は必ず滅びるのです!
良い満たされた人生を歩んでいようと、辛く悲しい人生を歩んでいようと、唯一の神を知らない人生には意味も目的もありません!
自分も他人も傷つけ、やがては死んで終わりの人生です。
伝道者の書にある通り、空の空、一切は空なのです!唯一の神を知らない人生は空しく終わるのです。空しいだけではなく、多くの人を傷つけ、だまし、憎しみあい、罪の山を築いて終わるのです!

神は天と地とそれに満ちるものを造られ、私たちを神に似た者としてお造りになりました。神が私たちを創造したのは目的があり、計画が有るからです。
造り主なる神こそが、人間の生きる目的と意味を知っておられるのです。

神を見失った人生がいかに空しいのか?それは車に乗って走っているのに、自分が何処に行くのか目的地を忘れてしまった人に似ています。

生きる目的と意味が分からないのに、どうして楽しい満足出来る人生が送れるでしょう?それは自分を誤魔化している生き方です。本当は心が叫び声を上げているはずです。

自分の内面の声に私たちは気付くべきです。「意味のない人生を送りたくない!人に合わせ、世の中に合わせて生きる人生じゃなくて、自分の生きる目的を自分で知って、意味のある人生を送りたい!人間を造られた神さま助けて下さい!」

これが悔い改めの第一歩です!口でしっかりと告白しながら祈ることです。

「今までの真の神を知らない人生に死にます!人生の目的も意味も分からない生き方に死にます。私のために十字架で死んでよみがえったイエスさま助けて下さい。
私の古い生き方を十字架で滅ぼし、神の定められた確かな目的と意味ある人生に私を生かして下さい。復活のいのちを私に与えて、新しい人生を歩ませて下さい」と口で告白しながら祈ることです。

このように祈ることが神との関係を新しいものに造りかえていくのです。
そして悔い改めた私たちは、神の子供としての性質を受け、キリストの体に組み入れられていくのです。

【自分のアイデンティティーを悔い改める】

私たちは自分のアイデンティティーを悔い改める必要があります。
アイデンティティーとは、自分は一体誰なのか、また自分の価値です。
神を知らない時の私たちは、何処の学校を出たとか、どの会社で働いている。役職は何か?年収は何か?そんな能力の面がアイデンティティーを造り上げてしまっている。
人と比べて勝っていると思う時は、自分は価値があると思い、劣っている時は自分の存在には意味がないとさえ感じてしまう。

私たちが誰であり、どのような価値があるのか?それは比較や能力によっては決められないのです。私たちを造られた神だけが、私たちは誰であり、どのような価値があるのかをハッキリと言うことが出来るのです。

神を知る前のアイデンティティーは変わりやすく、また本物ではありません。
だからそれは捨てましょう。キリストの十字架に付けて滅ぼしてもらいましょう。
私たちの本当のアイデンティティーはイエスの復活によって新しくされました。
私たちはイエスにあって神の子供です。わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している!これがあなたのアイデンティティーです。

これも口で告白して祈ってください。自分のことばで祈って下さい。