「主とともに新しい歩みを始める」
聖書箇所: 伝道者の書1章1節から11節
牧師 小林智彦

【ガンバリズムは空しく終わる】

日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。(3節)
日の下には新しいものは一つもない。(9節)

明けまして、おめでとうございます!
あまり、めでたくない聖句で始めましたが、今年一年が成長と成熟の年になり、皆さまの働き全てが朽ちることのない実を結びますように祝福します。
今日はガンバリズムから抜け出す信仰の歩みについて分かち合います。

年末年始と時間があったのでテレビを見ていました。
年末と年始、同じ連続している時間にもかかわらず、そのギャップの大きさに驚きました。
年末のテレビ番組は暗いです。去年一年間に起きた悲しいニュース、ショッキングな事件、不安を掻き立てるような番組。自分は一番不幸な時代に生きているんではないかと錯覚するような番組ばかりです。
ところが次の日、お正月になるとガラリと変わって「おめでとうございます!」です。
「めでたい、めでたい」何がめでたいのか分からなくても「おめでとうございます」です。
ほんの一日前は悲惨、落胆、不安だったのに次の日は「おめでとうございます!」です。
これが日本に蔓延しているガンバリズムです!

ガンバリズムとは自分の力、努力、頑張ろう!で進む人生のことです。
この生き方は一定のサイクルを繰り返します。
始めはいつも活き活きとします。これから起きることを夢見て、頑張るぞ!と思います。
でも残念なことに一番良いのは始めだけです。だんだんと疲れてくる。
思うような結果が得られない。失望、落胆が始まり、結局は失敗だったと結論づける。

そこで、よし!今度こそはと新しい計画、新しいヴィジョンを打ち立てて進むのですが、結果は同じ。失望、落胆、そして失敗で終わる。
私はこれをガンバリズムのサイクルと呼びます。年末年始のテレビ番組もガンバリズムのサイクルで回っています。正月番組はマンネリです。新しいと言いつつ変わらないのです。
ガンバリズムのサイクルから抜け出なくては、成長、成熟、永遠に残る実は結べません。

日の下で、どんなに労苦しても、それが人に何の益になろう。(3節)
日の下には新しいものは一つもない。(9節)

自分の力、頑張りだけで人生を送るなら、いつも自己否定とカラ元気のサイクルからは抜け出せないのです。新しいと言いつつも、同じ空しさへの道を辿るのです。
しかし!私たちの神、主は語られます。

「見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。」
:イザヤ書43章19節

主なる神だけが新しいことをされます!それはマンネリの道ではなく、砂漠に道を、砂漠に川を造られる!今まで誰も考えなかった道を造られるのです。
主とともにこの新しい一年を始めるのなら、あなたの人生は確かに新しい!
主とともに歩む人生は疲れ果てるガンバリ・サイクル、マンネリの道ではありません。
主とともに歩む人生は日々新しい歩みです!それは決して疲れない。

【主とともに新しい歩みを始めるために】

①自分の力ではなく、主を待ち望み、神からの力で進む。

「若者も疲れ、たゆみ、若い男もつまずき倒れる。
しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」:イザヤ書40章30.31節

全て自分の力だけで生きるのなら、若者であっても疲れ、つまずき倒れます。
しかし、自分の力ではなく、神に期待し、神を信頼して待つものは疲れず、新しい力をいつも受けて上ることが出来るのです。それは鷲のように舞い上がることが出来るのです。

去年の暮れ、伊豆に行って来ました。鳶が空高く飛んでいるのが見えました。
鳶も鷲の仲間です。鳶は空高く飛んで、上空を旋回しながら獲物を探しています。
鳶は上空を旋回している時、翼をバタバタと羽ばたかせません。翼を広げたままです。
翼を広げたままで空高く舞っています。実は上昇気流に乗っているので落ちないのです。
岸壁の岩のところに巣を作っているようでしたが、そこから飛び立つ時だけ二、三回翼を羽ばたくだけで鳶は直ぐに上昇気流に乗ることが出来るのです。
長時間、空高く舞っていても鷲は疲れないのです。自分の力で飛んでいるのではなく、上昇気流が鷲を支えているのです。これが信仰の世界です!

皆さん!クリスチャン・ライフを全部、自分の力で生きるとしたら大変です。
直ぐに疲れ果てるか、人が見ている時だけ良い格好つける偽善者になるかのどちらかです。
クリスチャン・ライフは神の力で生きなければ続かないし、楽しくないのです。

聖書を読むと「愛しなさい」、「赦しなさい」、「罪を犯してはいけません」、と不可能に近い言葉が目に飛び込んできます。これを自分の力と頑張りで行おうとしてはいけません!神の力に頼ることから始めなくては疲れるだけに終わります。

まず、主を待ち望むのです。「神さま自分では○○さんを赦せません、愛せません!どうぞ赦せる力を下さい。愛せる力を下さい!」。祈りながら主を待つのです。
内面から相手を赦し、愛する力が湧き上がるまで神を求め、そしてゆだねて待つのです。

全ての聖書の戒めを自分の力で守らないでください。神から来る力と助けによって守ください。それが信仰生活の始まりであり、ガンバリズムの終わりなのです!

②神の言葉に従う。

「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です。」詩編119編105節

「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」:箴言3章5.6節

自分の悟りにだけ頼って歩むなら、自分の思いに捕らわれぐるぐると同じ生き方から抜け出すことが出来ません。神の言葉が解決を照らし出し、新しい道を照らし出します。

(1)聖書の中から正しい価値観を知る。

(2)聖書の中から神の約束を見いだす。