「サウルの失敗から学ぶ」
第一歴代誌10章13・14節
小林 智彦

【イスラエル初代の王、サウルの最後】

「このように、サウルは主に逆らったみずからの不信の罪のために死んだ。主 のことばを守らず、そのうえ、霊媒によって伺いを立て、主に尋ねなかった。 それで、主は彼を殺し、王位をエッサイの子ダビデに回された。」
:第一歴代 誌10章13.14節

【サウルは一体、どんな大きな罪を犯したのか?】

イスラエル初代の王、サウルは自ら犯した罪のために王位から退けられまし た。
サウルは一体どんな大きな罪を犯したのでしょうか?躓きの始まりであるミク マスの戦い の記事を見てみましょう。

13:5 ペリシテ人もイスラエル人と戦うために集まった。戦車三万、騎兵六 千、それに海辺の砂のように多い民であった。彼らは上って来て、ベテ・アベ ンの東、ミクマスに陣を敷いた。
13:6 イスラエルの人々は、民がひどく圧迫されて、自分たちが危険なのを見 た。そこで、ほら穴や、奥まった所、岩間、地下室、水ための中に隠れた。
13:7 またあるヘブル人はヨルダン川を渡って、ガドとギルアデの地へ行っ た。サウルはなおギルガルにとどまり、民はみな、震えながら彼に従ってい た。
13:8 サウルは、サムエルが定めた日によって、七日間待ったが、サムエルは ギルガルに来なかった。それで民は彼から離れて散って行こうとした。
13:9 そこでサウルは、「全焼のいけにえと和解のいけにえを私のところに 持って来なさい。」と言った。こうして彼は全焼のいけにえをささげた。
13:10 ちょうど彼が全焼のいけにえをささげ終わったとき、サムエルがやって 来た。サウルは彼を迎えに出てあいさつした。
13:11 サムエルは言った。「あなたは、なんということをしたのか。」サウル は答えた。「民が私から離れ去って行こうとし、また、あなたも定められた日 にお見えにならず、ペリシテ人がミクマスに集まったのを見たからです。
13:12 今にもペリシテ人がギルガルの私のところに下って来ようとしているの に、私は、まだ主に嘆願していないと考え、思い切って全焼のいけにえをささ げたのです。」
13:13 サムエルはサウルに言った。「あなたは愚かなことをしたものだ。あな たの神、主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルにあなたの王国 を永遠に確立されたであろうに。
13:14 今は、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、主 はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。あなたが、主の命じられた ことを守らなかったからだ。」
:第一サムエル記13章5節から14節

【サウルの失敗から教訓を学ぶ!】

サウルの失敗から私たちは何を教訓として学ぶことが出来るでしょうか?
私たちは聖書の歴史から、特に登場人物の失敗から、多くの教訓を学ぶことが 出来ます。
また主も、聖書から霊的な教訓を私たちが汲み取ることを願っておられると思 います。

まず、今読んだ箇所の背景を交えて、もう一度この箇所を見直して行きましょ う。

【ペリシテ人とイスラエルの戦い】

ペリシテ人というのは当時のイスラエルにとって(今も昔も)最大の敵であり ました。
この時はまだ、ペリシテ人をイスラエルの国から追い出すことが出来ませんで した。
それゆえ、サウル王とその子ヨナタンはペリシテ人に対して戦いを仕掛けたの です。
3節にペリシテ人の守備隊長を打ち殺したとあります。そのためペリシテ人が イスラエルに報復しようと集まってきたのです。
5節にはその数、戦車が何と3万、騎兵6千、歩兵の数は海辺の砂のように数 え切れない。
それに対してサウルの軍隊はと言うと、2節にあるように3千人だったので す。
数の上ではとうてい比べられないほど、劣勢だったのです。
そのため兵隊達は戦う前から恐れ、6節にあるように「ほら穴や、奥まった 所、岩間、地下室、水ための中に隠れた。」、また7節にあるように「民はみ な、震えながら彼に従っていた。」のであります。 もう戦う前から負けてい るような状況であります!

【何時まで経っても現れないサムエル】

しかし、更に悪いことが続いた。このように数で負けていたら、あと残るのは 神様の助けだけであります。イスラエルでは大戦の前は祭司が犠牲を捧げ、勝 利を祈るのでありました。しかし、その犠牲を捧げ、勝利を祈るはずの大祭司 が何時まで経ってもやって来ない!
一週間も待ったが、それでもサムエルはやって来なかったのであります。
ペリシテの大軍が何時襲ってくるかも分からない状況で一週間も待つのは大変 だったと思います。
祭司が一週間待っても来ない。兵のなかには動揺が起き始めた。
始めから戦力で劣っていたのですから、なおさら不安が兵達を覆い始めた。
8節には、少ない兵から更にサウルを離れて逃げようとする兵が現れてきた。
兵の中には色々な不平や不満、不安の思いが満ちてきた。
「何時まで経っても祭司が来ないと言うことは、神様はイスラエルを見捨てた のではない か?この戦いは、始めから負ける戦いなのではないか?」
「サウルが王様で大丈夫なのだろうか?3千人の兵しか集められない王様、祭 司から一週間も待たされている、そんな統率力のない王様で大丈夫なのか?」 イスラエル兵の中に動揺と不安、疑問や不平があふれ出てきた。逃げ出す兵ま でいる!

【私たちならどうする?】

皆さんはこの様な時どうしますか?皆さんがサウルだったらどうしますか?
圧倒的な数の差があるペリシテ軍を前にして、祭司サムエルの来るのを一週間 待った。
その間には、兵の中から不平や不満、疑問が溢れ動揺が軍全体を覆っている。
逃げ出す兵隊まで出てきた。サウル王への信頼は薄らいできている。
これ以上待ったら、自分一人残されてしまうのではないか?
そうなったならペリシテにどうやって勝つことが出来るだろうか?
サウルのなかにも恐れと不安が満ちてきた。また祭司サムエルに対する怒りも 満ちてきた。
皆さんが、このサウル王の立場に立たされたらどうしますか?
それでもサムエルが来るのを待ちますか?

【待つことが出来なかったサウル】

サウルは待てなかった!サウルは待てなかったのであります。

サウルはサムエルが捧げなければならない全焼のいけにえを彼に代わって捧げ てしまったのです。確かにこれは罪でありました。神に立てられた祭司があり ながら、それを待たないで勝手にいけにえを捧げてしまった。
しかしサウル王の立場に立ってみたら、それほど大きな罪とは思えなかったの でしょう。戦争です!国と国の一大事!それも今まで見たことのない大軍がイ スラエルに戦を仕掛けようとしている。全焼のいけにえを誰が捧げようが大し た問題ではないではないか?
こんな大変な時に、一週間もサムエルを待ったのだ、これだけ待てばサムエル も、また、神様も分かってくれる!サウルはそう思ったのでしょう。
万一怒られても大したこと無いだろう!状況が状況だけに分かってくれるだろ う!
【サウロ、王位から退けられる】

しかし、祭司サムエルに代わってサウル王が全焼のいけにえを捧げたことは、 少し怒られるだけでは済まなかった。大変な罰を伴う結果となった。

13:13 サムエルはサウルに言った。「あなたは愚かなことをしたものだ。あな たの神、主が命じた命令を守らなかった。主は今、イスラエルにあなたの王国 を永遠に確立されたであろうに。
13:14 今は、あなたの王国は立たない。主はご自分の心にかなう人を求め、主 はその人をご自分の民の君主に任命しておられる。あなたが、主の命じられた ことを守らなかったからだ。」

何と!怒られるどころでは済まなかった!何とサウルはイスラエルの王位から 退けられるとの恐ろしい呪いを受けてしまったのであります。そしてサウルは この預言通りに没落の一途を辿るのであります。

【なぜサウルは王位から退けられたのか?】

なぜサウルは王位から退けられたのでしょうか?
確かにサウルは全焼のいけにえを捧げる、神に立てられた権威である祭司サム エルを待てなかった。言葉を変えれば権威を軽んじた。勝手にいけにえを捧げ た。これは確かに罪である。しかしやむを得ない事情があった。サウルを待て なかったとは言え、一週間も待ったのであります。
その間にイスラエル軍の士気は低下し、逃げ出す兵まで現れた。一方ペリシテ はどんどん兵の数が増してくる。これ以上どうやって待てと言うのか?
私たちも疑問があると思います。納得のいかない人もいるでしょう。
サウルは確かに悪いことをしたかも知れないがそれほど悪くないのではないか ?
まして王位から退けられるほど、彼は悪いことはしていない!
なぜサムエルも神様もそんなに怒られるのだろうか?

だいたい悪いのはサムエルではないか!国の一大事というのに、なぜ一週間も サウロを待たせたのか?狭いイスラエルの国です。サムエルの家があるラマか らギルガルまでは直線距離で20数キロしか離れていないのです!一週間はか からない距離なのです!
サムエルは何をしていたのか?まるでサウロが待ちきれなくなるのを待ってい るようであります。事実サムエルはサウロがいけにえを捧げてから直ぐに現れ ているのです。
隠れて見ていたのではないか?そのような疑問が浮かび上がるのです。

【神の時:私たちへの訓練!】

私たちにも同じ様な経験があるのではないでしょうか? 祈って祈って、神様からの答え、助けを願っても答えられない、助けが与えら れない。
なぜ神様は私たちが求めるときに直ぐに答えて下さらないのか?
私たちの祈りに答えて下さらないのか?
神様は天の父であり、私たちを愛しておれるのになぜ?
神様は私たちを待たせることがある。考えられないぐらい待たせることがあ る。


確かに私たちの見るところは限られている。だから神様こそ最善の時を知って おられる。しかし、サウロのような場合は例外なのではないか?
戦争である!圧倒的な兵力の差がある、味方の兵すら逃げ出している。これ以 上待つことは死を意味する!それなのに神様を待てるのだろうか?そこまで神 は待たせるのか?

サムエルは一週間何をやっていたのか?神様は何を思ってサウロを待たせたの か?

【神の栄光が現されるために!】
皆さん、サムエルは何をしていたのでしょうか?もちろん聖書には書いてあり ません。この箇所を瞑想し祈っていた時、聖霊様は私に「ラザロの蘇り」の箇所を示さ れました。「ラザロの蘇り」とはヨハネによる福音書11章1節から45節に 書かれてあります。
イエス様が死んで四日も経ったラザロという人を生き返らせた奇蹟の話です。 ラザロの蘇りの奇蹟はヨハネの福音書では非常に大きく取り上げられていま す。
この奇蹟はイスラエルの指導者に衝撃を与え、イエスを殺害する決定をさせた とあります。

11:1 さて、ある人が病気にかかっていた。ラザロといって、マリヤとその姉 妹マルタとの村の出で、ベタニヤの人であった。
11:2 このマリヤは、主に香油を塗り、髪の毛でその足をぬぐったマリヤで あって、彼女の兄弟ラザロが病んでいたのである。
11:3 そこで姉妹たちは、イエスのところに使いを送って、言った。「主よ。 ご覧ください。あなたが愛しておられる者が病気です。」
11:4 イエスはこれを聞いて、言われた。「この病気は死で終わるだけのもの ではなく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるた めです。」
11:5 イエスはマルタとその姉妹とラザロとを愛しておられた。
11:6 そのようなわけで、イエスは、ラザロが病んでいることを聞かれたとき も、そのおられた所になお二日とどまられた。


イエス様はラザロが病気である、わざわざ使いをよこすほど重病であることを 聞いても「『なお二日』とどまられた。」とあります。なぜ二日もイエス様は とどまられたのでしょうか。ここに祭司サムエルがサウロを一週間待たせた答 えがあるのです。

ラザロは瀕死の重病でした!大変な状況でした。ラザロを癒せるのはイエス様 だけだ!
マルタとマリヤは祈りを込めて、期待を込めて使いを使わしたのです!
一刻も早く来て欲しい。愛する兄弟ラザロを癒して欲しい!早く!早く!

しかし!イエス様は「なお二日」とどまっておられた。
なぜイエス様は苦しむラザロを待たせたのですか?
4節:「この病気は死で終わるだけのものではなく、」イエス様はラザロが死 ぬことを知っていたのです。二日後!イエス様は言われました。「ラザロは死 んだ!」(14節)

二日間、イエス様は何をしていたのか?ラザロが死ぬのを待っていたのです!
なぜラザロが死ぬまで待っていたのか?
ラザロが死ななければ神の栄光が現されないからです!
ラザロが死ななければ、死をも打ち破る神の圧倒的な栄光が現されないからで す!

「イエスはこれを聞いて、言われた。『この病気は死で終わるだけのものでは なく、神の栄光のためのものです。神の子がそれによって栄光を受けるためで す。』」:11章4節

イエス様はなぜ二日とどまられたのか?神の栄光が現されるためなのです。
祭司サムエルはなぜ一週間、サウロを待たせたのか?神の栄光が現れるためな のです。

しかし、もしサウロが更に待てばもっとイスラエルが不利になるのではないか ?
もっと兵隊の数が減り、ペリシテ人が有利になるのではないか?
それが神様の願われていたことなのです!
神の栄光はラザロの努力や行いの上に現されたのではなく、ラザロの死の上に 現された。神の栄光は決して、人間が造るものではない。神の栄光は神御自身 が現すものなのです。私たちは触れることが出来ない。

サウロの罪がなぜあれほど大きな罰を受けたのか?王位から退けられたのか? サウロは人間的な考えで、自分の勝手な考えで、神様の栄光が現れるチャンス をつぶした。サウロは神を神とするために、自分に死ななかった!自分の考え に頼った。
サウロは死をも打ち破り、圧倒的な兵力の差を乗り越えて勝利をもたらす神に 期待しなかった。
神は死をも用いて栄光を現すことが出来ることを彼は知らなかった!

ですから最後に皆様に勧めたい!
最後まで諦めてはならない!いや、これが最後、もう終わった!と思えるよう な絶望を通しても、イエス・キリストだけは栄光を現すことが出来る!
キリストにあっては死は死ではなく、新たな命への出発であり、絶望は更に優 れた栄光の始まりなのです!
そして最後に皆さんに尋ねたい!私たちは神様を自分の範囲の中にだけとどめ てはいませんか?自分の力や考えで、返って神様の栄光をとどめてはいないで しょうか?
主の御言葉に賭けましょう!自分の限界を超えて現される神の栄光をひたすら 待ちましょう!