「ヤベツの祈りから学ぶ」
第一歴代誌4章9・10節
小林 智彦

ハレルヤ!主の御名を賛美します。本日は祈りについて学びましょう。
「ヤベツの祈り」という祈りに関する本がベストセラーになりました。
読まれた方も沢山いらっしゃると思います。私も読んで、とても励まされまし た。
ヤベツの祈りを学ぶことは、神が喜ばれる祈りを学ぶことです。
イエス様も祈りについて弟子たちに何度も教え、注意を与えました。
神は私たちに、神が喜ばれる祈りについて知って欲しいと願っておられます。
ヤベツの祈りから神が喜ばれる祈り、神の願っておられることは何かを学びま しょう。

【ヤベツの生い立ち】

「ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、『私が悲しみのうち にこの子を産んだから。』と言って、彼にヤベツという名をつけた。」:
第一歴 代誌4章9節

ヤベツについては歴代誌の、この箇所以外には記述がありません。
たった2節の短い説明以外には、聖書からは何も彼について知ることは出来ま せん。

ヤベツの名は苦しみ、もしくは悲しみを意味するヘブル語から来ています。
それはヤベツの母が悲しみ(もしくは苦しみ)のうちに彼を生んだからでし た。

「悲しみ(苦しみ)のうちに産んだ」とは一体何を意味するのでしょうか?
ヤベツを出産する時、難産だったからでしょうか?ヤベツには体に困難な障害 があった。
ヤベツを出産する時、夫が亡くなったのではないかと考える解釈もあります。

本当の理由は「悲しみのうちに産んだ」以外に書かれていません。
ハッキリ分かるのは苦しみを名に背負ってヤベツは生きなくてはならなかった ことです。

このようにヤベツの人生は本人が望まない苦しみと悲しみの中からスタートで した。
しかし、彼の人生は苦しみのままで終わったのではない!
悲しみのままで終わったのではありませんでした!彼の人生には大逆転が起き たのです。

「ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた」。別訳では「兄弟のかしらで あった」。
いつの時代かハッキリとは特定できませんが、士師がイスラエルを治めていた ある時代において、ヤベツはユダ部族のリーダー的な存在にまでなったので す。
悲しみの人生が喜びの人生に、苦しみの人生が豊かさと繁栄の人生に逆転した !

ヤベツの人生に大逆転をもたらしたものは何か?彼の大胆な祈りにあったので す。
御心にかなう大胆な祈りは、苦しみと悲しみで始まった人生さえも喜びと繁栄 に変える! これは歴代誌の記者と、著者である聖霊様が伝えたいことなのです。

歴代誌が書かれたのはまさしく、苦しみと悲しみの中で再出発したイスラエル を励ますためでした。捕囚の地であるバビロンから希望に溢れてイスラエル人 はエルサレムに帰ってきました。しかしエルサレムは廃墟、神殿と城壁を築き 直すのに絶えず敵の脅威に曝され、大変な苦難が伴った。あるユダヤ人は異邦 人と関係を持ち、再び主から離れ始めた。

歴代誌の記者は歴代誌を通して、苦しみと悲しみ、圧迫の中にあるイスラエル を励まそうとした。私たちにはつまらない系図もイスラエルの人々に神との関 係を、民族的なアイデンティティーを思い出させ、励ますために書かれたもの なのです。
そしてその系図の中に書かれたヤベツの大逆転の物語!
それは悲しみと苦しみの中で再出発したイスラエル、いやイスラエルだけでな く、誰であっても、祈る者には逆転がもたらされることを知って欲しい!
悲しみの中で沈み込まずに、信仰を持って立ち上がることを記者は願っている のです。

ヤベツの祈りを学びましょう!祈りは私たちの人生を大きく造り変えていきま す。

【祝福を大胆に願う】

「ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私 の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠 ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼 の願ったことをかなえられた。」(4:10)

ヤベツは「私を大いに祝福し(て下さい!)」と祈っています。
皆さんは自分の祝福を祈っているでしょうか?
自分の祝福を先ず第一に祈るのは自己中心だと、祝福を求めない人はいません か。
それは大きな誤解です。神さまの祝福を求めて下さい。それも真剣に求めて下 さい。
神の祝福を求めない人は、自分の力でクリスチャン・ライフを送ろうとしてい る人です。
また神さまの祝福の素晴らしさを知らない、体験したことの無い人です。
神さまの祝福がどんなに素晴らしいかを聖書から学び、また祈り求めて体験し て下さい。

「主の祝福そのものが人を富ませ、人の苦労は何もそれに加えない。」箴言1 0章22節

旧約聖書に自分の力、能力を過信して、神の祝福を軽んじた人がいます。エサ ウです。
反対に人間的にはずる賢い、嘘つきでありながら、神の祝福をどん欲に求めた 人がいます。
エサウの弟ヤコブでした。神はエサウを退け、ヤコブを選ばれた。

まじめな人はこの神さまの選びが分からない。なぜエサウを退け、ヤコブを選 んだのか?
もちろん努力は大切です。労働は大切です。しかしそれらを神の祝福に勝ると 考えるならエサウと同じ傲慢さが心の中にあるのではないでしょうか?
その考えは自分の力で、自分は思うように生きられる!神はいらないと同じこ となのです。

しかしヤコブは祝福の価値を知っていた。奪い取ってまでも欲しいと実際に奪 い取った!
もちろん奪い取ることは罪で、ヤコブは罰を受けました。
しかし神はヤコブを大いに祝福した。ご自分をアブラハム・イサク・ヤコブの 神と呼ばせ、 ヤコブにはイスラエルの名前を与えました。

神は祝福の価値を知り、真剣に飢え乾いて祝福を求める者を祝福して下さるの です。

「バプテスマのヨハネの日以来今日まで、天の御国は激しく攻められていま す。そして、激しく攻める者たちがそれを奪い取っています。」:マタイ11 章12節

イエス様も天の御国を激しく攻める、奪い取る信仰について語っておられま す。
主の祝福を熱心に求めましょう、激しく奪い取るほどの情熱をもって祝福を求 めましょう。

日本は主の祝福を知らない国です。詩編の127編の1.2節を見てみましょ う。

「1:主が家を建てるのでなければ、建てる者の働きはむなしい。主が町を守 るのでなければ、守る者の見張りはむなしい。2:あなたがたが早く起きるの も、おそく休むのも、辛苦の糧を食べるのも、それはむなしい。主はその愛す る者には、眠っている間に、このように備えてくださる。」:詩編127編1. 2節

朝早く起きて出勤し、夜遅くまで残業する。休日も会社に出て働く。家族の時 間を割いてまで働く人は沢山います。そんなに一生懸命働いて、気付けば家庭 崩壊。良く聞きます。一体、その人は何のために努力し、働いているのでしょ うか?
神の祝福がなければ、私たちの労働、努力は報われずに終わるのです。

今こそ祝福を求めましょう!神の祝福は私たちの人生を逆転させることが出来 ます。
遅くはありません!ヤベツのように神の祝福で、今までとは全く違う人生を生 きましょう。

【私の地境を広げてください】

「私の地境を広げてくださいますように。」(10節)

ヤベツのこの願いも自己中心のように思えます。しかし自己中心の願いではあ りません!ヤベツが生きていた時代は士師の時代です。イスラエルがカナンに 入植した直後です。
カナンから異邦人を追い出し、神のために領土を勝ちとることは神の命令であ りました。ヤベツは神のために、信仰をもってイスラエルの領土を願ったので す。
誰かと比較して、「あいつより広い土地を下さい」と祈ったのではないので す。

イエス様は「神の国と神の義を先ず第一に求めなさい」と教えられました。
ヤベツは当時の状況で、具体的に、神の国と神の義を第一に求めて祈ったので す!

私たちも主の栄光が現されるために「私の地境を広げて下さい」と熱心に祈り ましょう。地境が広げられることは神さまを体験することになります!

皆さんはクリスチャン・ライフにおいて日々神さまを体験していますか?

皆さん、今ある自分の地境の中だけでクリスチャン・ライフを送るなら神さま を体験するスペースはありません!神さまは過保護ではありません。自分の力 で出来ることは、私たちに任せて下さっています。 だから自分の能力、自分 の力で出来る範囲内に留まるなら神さまの助け、神さまの導き、新たな出会い を期待することは出来ないのです。

しかし皆さんが、ヤベツのように地境を広げて下さいと祈り、自分の地境を超 えるなら、まったく新しい神さまとの出会いを体験します。神の助けを直接受 け、導きを受けます。イエス様は言われました。「神の国とその義とをまず第 一に求めなさい。そうすれば、それに加えて必要はすべて与えられます」と。 神が不思議な方法を通して満たされるのです。

この新しい年、神に地境を広げて下さいと祈り求めましょう!
友人、親戚、職場で福音を分かち合ったことの無い人に、福音を語ってみま しょう!
新しい聖書の学びを始めましょう!弟子訓練を始めましょう!
神さまの願っていること、神さまからのヴィジョンを大胆に求め、行いましょ う!
ヤベツの祈りを更に学んで、逆転の人生を歩んで下さい!