「成長を遂げた完全な者になるために」
ヤコブ1章1節から18節

小 林 智 彦

本日は何が私たちの信仰を成長させるのか?ヤコブの手紙からともに学びましょう。

【試練を喜びなさい】
「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思 いなさい。
信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っ ているからです。
その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがた は、何一つ欠けたところのない、
成長を遂げた、完全な者となります。」
:ヤ コブ1章2節から4節

ヤコブは信仰の試練を「この上もない喜びと思いなさい」と私たちに命じています。
私たちにとっては試練は避けるべきものです。喜ぶべきものとは考えません。

なぜヤコブは私たちに信仰の試練を喜びと思うように命じているのでしょうか?
それは試練でなければ得られない、素晴らしいものがあるからなのです。
試練は一体、私たちに何をもたらすのでしょうか? 試練はまず第一に、私たちに忍耐を生じさせます。
皆さん、忍耐という言葉ほど、現在その価値が忘れられている言葉はないと思 います。

現代の文明は私たちの生活を快適にすることを目指してきました。 昔はみんな良く歩きました。
しかし自転車、自動車が普及するとほとんど歩か なくなる。
買い物に行くのに20分も30分も歩く人はあまりいないのではないでしょう か?

食べ物もそうですね。調理するのに時間がかかる。
カップラーメン、ファース ト・フード。もちろん、それらが悪いと言っているのではありません。
早くて快適、大歓迎 です。 しかし早くて快適は、私たちの心には何の成長ももたらさないのです。
カップラーメンやファースト・フードばかりで育った子供はキレ易いと聞きます。
そうだと思います。我慢が出来なくなるからです。
何かしたい!と思ったときに、自分の思い通りに直ぐに出来ないと我慢が出来 ないのです。
早くて便利!は私たちの自己中心、我が儘な心を増大させてしまうのです。

だからヤコブは試練を喜びなさいと命じているのです。
試練は私たちに忍耐を生じさせ、忍耐は私たちの心に成長をもたらすからなの です。
試練は私たちの心に忍耐と成長をもたらすのです!

パウロは同じ真理を別の言葉で説明しています。 「そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。
それは、患難が忍耐を生み 出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと
知っ ているからです。」 ローマ5章3.4節

患難(試練)が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性(心の成長)を生み出す のです。
霊的幼子の特徴は何でしょうか?それは待つことが出来ないことです。
神様との関係もファースト・フードやカップラーメンと同じように考えます。
祈って直ぐに答えが出ないと怒り出す。神様の愛を疑い出す。
神様の時よりも自分の時を優先させてしまう。自分の思った時にだけ、答えて 欲しい。
どちらが神様か分からなくなってしまいますね。

成長を遂げた大人のクリスチャン、練られた品性の特徴は待つことが出来るこ となのです。
神は御心にかなう祈りなら必ず答えて下さることを知っている。
そして神は必ず最善の時に、最善の方法をもって答えて下さることも知ってい る。
だから待つことが出来る!自分にとって今必要に思えても、神の時を待つこと が出来る。
状況がどんなに否定的に見えても疑わない!
目には見えなくても、必ず実現する神の言葉の故に平安を失わない。
これが成長を遂げた大人のクリスチャンの特徴です。

アブラハムは成長を遂げた信仰者の代表です。
神が彼の人生を導き、試練を与え、彼の人格を鍛え上げて下さったのです。
イサクが与えられるまで、彼は何十年も待たなくてはならなかったのです。
しかし、神の約束を待ち続ける試練はアブラハムの信仰と人格を成長させたの です。
イサクを捧げよとの命令にも従順出来るほどの信仰にまで成長したのです。

神様は皆さんを偉大な働きに就かせる前に、様々な試練をもって皆さんを鍛え られます。
祈っても直ぐに答えられないことがあるかもしれない。
それは自分の時よりも、神様の時の方がいつも最善であることを教える訓練な のです。
状況があまりにも否定的に見えることがあるかもしれない、それは神のみ言葉 は
見える状況よりも更に確かであり、力があること、みことばの確かさを教え る訓練なのです。

私も決して成長を遂げたものではなく、成熟途中ですが、様々な訓練がありま した。
98年から日曜礼拝を船橋で始めましたが、最初は所さん夫妻と2,3人の礼 拝でした。
一年、二年とほとんど変化がありませんでした。私にとっては大変長い試練の 時でした。
しかし、それは私の信仰を練り上げる期間でありました。神にのみ頼る訓練 だったのです。
だから皆さんも、信仰によって始めた働きが直ぐに実を結ばないからと言って 諦めないで下さい。

ある祈りは直ぐに答えられても、ある祈りは本当に長い間 答えられないこともあります。
しかし、それは神様が愛していないのではない のです。
神様が皆さんを本当に愛しているからなのです。父なる神は皆さんの成長を 願っています。
試練は忍耐を生み出し、忍耐は練られた品性、信仰と人格の成長をもたらしま す!

【誘惑をさけなさい】

神が私たちの信仰と人格の成長を願って許される試練とは別に、
私たちが遠ざ けなくてはならない試練があります。それは誘惑です。

誘惑は心にある欲望が 生み出すものです!
「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。
欲 がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。愛する兄弟たち。
だまされ ないようにしなさい。」
ヤコブ1章14から16節

神が許された試練を私たちは避けてはなりません。しかし誘惑は避けなければ なりません。
駅から家への帰り道に、私たちの欲望をくすぐる様々な店があります。
パチンコ屋、飲み屋、風俗店、また書店でも様々なポルノが売られています。
もちろん誘惑を感じない場合は問題ではないかもしれません。
しかし、誘惑を感じるのなら遠回りでも帰り道を変えるなどしなくてはなりま せん。
誘惑は徹底的にそれを遠ざけなくてはならないのです!

フォーカス・オン・ザ・ファミリーの季刊誌(2003年夏号)のQ&Aにア ルコールについて書いてありました。
アルコール依存症の父を持つ方が、自分 が依存症にならないようにするにはどうすればよいか?との質問でした。 ドブソン博士は、アルコール依存にならないためにはアルコールに近づかない ことであると答えています。
それが一番確かな方法であると。
私たちは「これくらいは大丈夫だろう」「自分で十分に自制できる」と思って いる間に、誘惑されてしまい、
罪と悪習慣の奴隷になってしまうのです。

ヨセフがポティファルの妻の誘惑に会ったとき、家から逃げ出したように、
私 たちも誘惑にあったら、ぐずぐずしないで逃げ出さなくてはなりません。
徹底 的に避けることです。

しかし、最近は誘惑から逃げ出せないくらいにあらゆる悪いものが家に入って きています。
インターネットはとても便利なものですが、悪用も出来ます。
インターネット・ポルノの依存症になっている人が牧師の中にも大勢いると聞 きます!
テレビやパソコンを捨てても生活できる人は、迷わずテレビもパソコンも捨て て下さい。
しかし、仕事で必要だ、パソコンがなければ学習できない!どうすれば良いの でしょうか?

互いの心を見張る関係が必要です!自分の弱さ、誘惑を正直に打ち明け、祈り 合う関係が必要なのです。
自分一人で誘惑に立ち向かっても勝ち目はありませ ん。
自分一人だけなら、誘惑に負けても、他の人には分からないからです。
しかし、二人、三人の信頼できる関係の中で誘惑に立ち向かうことが大切で す。
祈りの助けを受け、もし間違いを犯しても、暗闇に落ち込む前に誰かが引き上 げることが出来ます。
セル・グループの中で私たちは真実な人間関係を築き上 げましょう。 皆さん、ぜひLTGを始めて下さい!
誘惑に対して勝利しましょう。

【知恵を求めなさい】

「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、
だれにでも惜しげ なく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与え られます。」
(5節)

最後に私たちの信仰を成長させる上で、欠かすことの出来ないものは知恵です !
みなさん、知恵とは一体なんでしょうか?知恵と真理、知識はどう違うので しょうか?
知恵とは真理を実際の生活に適用する時に用いるものであります。 私たちは聖書を通して真理を学びます。
その真理をどのように人生に適用する か、それが知恵です。
私たちは人生の目的が神の栄光を現すことであると知っ ています。真理です。

では一体、自分の人生においてどのように主の栄光を現すのか?それが知恵な のです。
みなさん、知恵がなければ真理を知っていても人生に変化は訪れません。
知恵はどのように得ることが出来るのでしょうか?
神に願うことですね! 知恵がどれほど私たちの信仰生活の上で必要なのかを良く知って、神に求めて ください。
必ず聖霊様が必要な知恵を与えてくださいます。

祈りとともに必要なのが、交わりの中で知恵を受けることです。
私たちは分かち合いの時を持ちますが、それは互いに知恵を分かち合うためで す。
自分が聖書で示された真理をどのように生活の中で適用したのか?それが知恵 なのです。
その知恵を分かち合うことによって、私たちは更なる信仰の成長を遂げるので す。
みなさん、生けるキリストの体、クリスチャン同士の交わりの中で知恵を得ま しょう。
またクリスチャンの交わりの中で誘惑に立ち向かいましょう。
キリストの生ける体こそ、私たちに信仰の成長を与えるのです!

【すべての良い贈り物、すべての完全な賜物】

「愛する兄弟たち。だまされないようにしなさい。すべての良い贈り物、ま た、
すべての完全な賜物は上から来るのであって、光を造られた父から下るの です。
父には移り変わりや、移り行く影はありません。」
:ヤコブ1章16. 17節

皆さん試練の中にあっても、私たちを励まし、力を与えるものは何でしょうか ?
それは変わることのない父なる神の愛です!
父なる神は私たちを愛して、最高の贈り物を私たちに与えて下さいました。
それはご自身の御子イエス・キリストです。
キリストを私たちの罪の身代わりとして十字架につけ、私たちを救われたので す。

父なる神の愛は口先だけではありません。命がけの愛であり、変わらない愛な のです。
試練の中にあっても私たちを励まし、成長させる力は父なる神の変わらない愛 です!

「私の目にはあなたは高価で尊い。私はあなたを愛している。」:イザヤ43 章4節