「今、わたしは立ち上がる」
イザヤ書33章1節から16節
小 林 智 彦

【イザヤ書の背景】
イザヤ書をよく理解するためには、イザヤ書が書かれた歴史的背景を知る必要 があります。
イザヤは前8世紀に南ユダ王国で活躍した預言者であります。
当時はアッシリヤとエジプトが世界制覇を目指す、戦乱の時代でありました。
イスラエル王国はソロモンの息子、レハベアムの時代に南と北に分裂しまし た。
そして、北イスラエル王国は、BC721年にアッシリヤにより滅ぼされまし た。
大国アッシリヤが今にも攻め込もうとしている!これがイザヤの生きた時代で す。
アッシリヤは残忍な国で知られていました。
北イスラエルに住むユダヤ人は殺 されるか、奴隷にされ、強制的に他国に連行されました。
負ければ皆殺し、降 参すれば奴隷です!戦って勝つしか生き残る道はない!
しかし、圧倒的に軍事力では劣っている。
このような状況で神はどの様にユダの人々を救われたのか、それがイザヤ書の 内容です。

【悪者は必ず裁きを受ける】
「ああ。自分は踏みにじられなかったのに、人を踏みにじり、自分は裏切られ なかったのに、
人を裏切るあなたは。あなたが踏みにじることを終えるとき、 あなたは踏みにじられ、
あなたが裏切りをやめるとき、あなたは裏切られる。」:イザヤ書33章1節
ここでイザヤが預言している「あなた」はアッシリヤを指しています。
アッシリヤは隣国を踏みにじり、占領し、支配しました。
またアッシリヤは同 盟を結んで、同盟国を利用しながら、最後には裏切ることを平気で行っていた のです。
アッシリヤは悪逆非道の国家でした。この様な国が世界を治めたらどうなるで しょう。
しかし天地を創造され、今も治めておられる真の神は決して悪を見逃しません !
どんなに悪しき国家が絶大に見えても、必ず悪は裁かれ、長続きすることはあ りません。アッシリヤも必ず踏みにじられる!自分が行ってきたように踏みに じられ、裏切られる。
主はイザヤを通してハッキリと預言されたのでです。
歴史を振り返って学んでください。
歴史が嫌いな方もあるでしょうが、歴史を 通しても、私たちは正義の神が世界を治めておられることを知ることが出来ま す。
アッシリヤも、バビロニヤも、ギリシャもローマも武力で築き上げた国は自分 も武力で滅ぼされました。第二次大戦もドイツも日本も敗れました。
どんなに軍事力を持った国でも、悪を行う国は必ず裁きを受け、当然の報いを 受けます。
どんなに人間的な力が強くとも、義なる神の裁きを免れる者はいないのです! これは国レベルだけではなく、私たち個人の人生にも当てはまります。
悪を行って、その裁きを免れる人はいないのです。
人はその播いたものを刈り 取るのです! 悪を行って栄える人間を、決して羨ましく思ったり、見習ったりしてはなりま せん。
必ず神は裁かれ、その罰を免れるものはいません。
これは聖書が繰り返し語っ ています。
天の父なる神は決して不正を赦される方ではありません!不正をそのままにさ れません。
「あなたがたの分捕り物は、油虫が物を集めるように集められ、いなごの群れ が飛びつくように飛びつかれる。
」(4節) この表現は難しいですね!油虫はどの様にものを集めるのでしょうか? これはゴキブリとは違う種類かもしれませんね。
しかし、ここで主は悪しき者が集める富の空しさを語っておられるのです。
不正な手段、悪徳な方法でお金を集めても、その富は空しく、やがては散らさ れる! 決して悪に頼ってはならない、不正を行ってはならないことを教えておられま す。
この世は矛盾と不正に満ちているように思い、私たちは嘆きます。
クリスチャンとして悪を遠ざけ、善を求める生き方は割に合わないように思え ます。
しかし、長い目で見るならば、悪は必ず裁かれ、悪しき者は滅びるのです。
悪を行う人生には決して平安はありません!少しの富は得ても暗闇からは出ら れません。
皆さん!キリストを信じ、喜んで善を行いましょう!悪に惑わされてはなりま せん。
【知恵と知識とが、救いの富である】 「主はいと高き方で、高い所に住み、シオンを公正と正義で満たされる。
あな たの時代は堅く立つ。
知恵と知識とが、救いの富である。
主を恐れることが、 その財宝である。
(5.6節) クリスチャンは決して禁欲主義ではありません。
主は私たちが豊かになること を願っています。
しかし、私たちを本当に豊かにするのは、この世の朽ちてい く富ではありません。
油虫が群がり、奪い去られるような空しい富ではないのです。
主を知る知恵と知識とが本当に私たちを豊かにする富なのです! 主を知るものは堅く立ち、状況に振り回されることはありません! 主を知るもの、本当に主の力を知り、主を信じて生きる者には絶望はありませ ん。
私たちを堅く立たせる、真の主に対する知恵と知識を求めましょう。
【イスラエルの民の不信仰】 「見よ。彼らの勇士はちまたで叫び、平和の使者たちは激しく泣く。大路は荒 れ果て、道行く者はとだえ、契約は破られ、町々は捨てられ、人は顧みられな い。国は喪に服し、しおれ、レバノンははずかしめを受けて、しなび、シャロ ンは荒地のようになり、バシャンもカルメルも葉を振り落とす。」(7から9 節) この7節から9節はユダにいる人々、信仰に立たない人々を指しています。
確かにアッシリヤという大国がすぐそばにまでやって来ています。
兄弟国である北イスラエルはアッシリヤによって完全に滅ぼされてしまった。
しかし、彼らはエルサレムの神殿におられる真の神を、天地を創造された主を 忘れている! これらの人々は、神の救いを全く忘れ、自分の力だけに頼ろうとしている人々 です。
ちまたで叫ぶ勇士は、自分の力でアッシリヤを撃退しようと考えているので す。
しかし圧倒的な軍事力の違いにそれが出来ない、それ故勇士は叫ばざるを得な いのです。
激しく泣いている平和の使者は、外向的な努力によってアッシリヤの脅威から 国を救うおうとしている人々です。
 彼らはアッシリヤと不可侵同盟を結んだ が裏切られたのです。
そしてアッシリヤの敵国、エジプトと同盟を結ぶのですが、なんとエジプトは ユダを助けるつもりが始めから無いことに気づき、絶望、落胆して嘆いている のです。
「契約は破られ、町々は捨てられ、人は顧みられない」 ユダの人々はアッシ リヤの脅威を前に、自分の事しか考えられない状態になっている。
どうせ死ぬ なら、契約を守る必要はない! 早めにエルサレムを逃げ出そう!困っている 人々を顧みる余裕など一切無い! これらの人々に共通するのは、真の救い主、イスラエルの神を忘れていること です。
彼らはユダヤ人です。
しかし現実の生活においては神を信頼しないで生きてい たのです。
神を知っているのと、神に信頼して生きるのとは違うのです! 神を知っているだけで、信頼しないならば、問題に直面しても何の力もありま せん。
難問に押しつぶされ、人の意見や助けに振り回され、自分の事しか考えられな いのです。
皆さん!神を信じましょう。
人生を揺るぐ事のない真の神に委ねましょう! 自分の命を世の状況や、他人、自分の力に委ねてはなりません!絶えず振り回 されます。
そこには平安はなく、やがては問題に飲み込まれてしまうのです。
【主を待ち望む者】 「主よ。私たちをあわれんでください。私たちはあなたを待ち望みます。朝ご とに、私たちの腕となり、苦難の時の私たちの救いとなってください。騒ぎの 声に国々の民は逃げ、あなたが立ち上がると、国は散らされます。」(2.3 節) しかし、イザヤと真の主を信じる信仰者たちが主からの助けを待ち望んでいま した。
主を信じる者は、状況に振り回されることなく、主をひたすら待ち望み平安が あります。
  「朝ごとに私たちの腕となり」私たちを苦境の中でも支え、力を与えるのは主 の言葉です。
私たちにどれ程素晴らしい約束が与えられているか?朝ごとに主 の言葉を受けましょう。
主は主を待ち望む者を失望させません!必ず答えられるかたです。
アッシリヤの脅威がどれ程大きくても、主を信じる者に、主は必ず助けを与え ます! 【今、わたしは立ち上がる】 『「今、わたしは立ち上がる。」と主は仰せられる。「今、わたしは自分を高 め、今、あがめられるようにしよう。』(10節) 主は私たちが叫び求めるとき、必ず助けを与えてくださる方です! 「今、わたしは自分を高め、今、あがめられるようにしよう。」 今、自分の力を超える問題に直面しておられる方がいるなら、主を叫び求めま しょう! 主がこの問題に解決を与え、解決ばかりではなく、問題を通してご自身の栄光 を現されるように求めましょう。
主が試練を赦されるのは、その問題を通してご自身の栄光を現されるためです ! 主が試練を赦されるのは、主の中にこそ解決があり、試練を通して栄光を現す ためです。
【わたしのした事を聞け】 「あなたがたは枯れ草をはらみ、わらを産む。あなたがたの息は、あなたがた を食い尽くす火だ。国々の民は焼かれて石灰となり、刈り取られて火をつけら れるいばらとなる。遠くの者よ。わたしのしたことを聞け。近くの者よ。わた しの力を知れ。」11から13節) 「あなた方は」は再びアッシリヤを指し、彼らの行いの空しい事と彼らにもた らされる主の裁きについて預言されています。
「国々の民は焼かれて石灰とな り」とあります。
南ユダに攻め入ろうとするアッシリヤ軍がどの様な結末を迎えたか、それは来 週に詳しく語りたいと思います。
しかし、あの圧倒的な軍事力を誇るアッシリ ヤ軍が主の奇跡的な介入によって本国に逃げ帰ってしまうのです! 南ユダは アッシリヤに勝利したのです。
それゆえ主は言われます!「わたしのしたことを聞け!わたしの力をしれ!」 皆さん!主がなされた力ある業を心に留めているでしょうか? 主は私たちを罪と滅びから救い出すために、ご自身私たちが背負うべき十字架 にかかり、死んでくださいました。
しかし主は三日目に死と罪を滅ぼしてよみ がえられたのです! 主にある者は、圧倒的な勝利者です! 皆さんは主にある者です!勝利者なの です。
主がなされた偉大な救いの業を見ましょう!主の救いの力を覚えましょう。
皆さんが直面している問題はキリストの中に解決があります!主はあなたの問 題を通して栄光を現してくださるのです。
 主を見上げましょう!勝利の主を ほめたたえましょう。