「古い性質との戦い」
ヘブル人への手紙1章1節から4節
小 林 智 彦

1:1 神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、
1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。
1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。
1:4 御子は、御使いたちよりもさらにすぐれた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。

【古い性質に引き戻そうとする誘惑】

クリスチャン・ライフは天に変えるまで、戦いの連続です。
私達の敵はサタンであり、私達はイエス・キリストによってその支配から救われました。私達はいつも目を覚まし、この敵のあらゆる欺きの攻撃から身を守らなければなりません。確かに、一度イエス・キリストにあって救われた者は救いを奪い取られる事はありません。私達は決してサタン、悪霊を恐れる必要はないのです。彼らの死の牙は折られました。

「そこで、子たちはみな血と肉とを持っているので、主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。これは、その死によって、悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放してくださるためでした。」                            :ヘブル2章14.15節

主にある者は皆、イエス・キリストの死と復活により完全に死と悪魔に勝利したのです!
私達はキリストにあって完全な勝利者です!これが私達の立場です。
サタン、悪魔を恐れてはなりません。信仰を持って立ち向かえと聖書に書かれています。
私達がキリストの勝利と確信を持って立ち向かうなら、サタンは逃げ去ります!

それなら何故、サタンは既に勝敗が決まっているのにクリスチャンを攻撃するのでしょう。確かにサタンは死の毒を持つ牙をへし折られ、その頭は砕かれました。
しかし、まだクリスチャンの霊的な目を覆い隠し、主の栄光の御姿とクリスチャンの務めを見え無くさせる惑わしと、偽りの力は残されているのです。

私達の心が絶えずイエス様と生きた交わりを保っていないならば大変危険なのです。
悪魔は私達を騙し、私達が救われる以前の生活の方が楽しいように誘惑してきます。
この世の価値観の方が、神の国の価値観に勝るように私達を騙します。
肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢に溺れる過去の暮らしに逆戻りします。
サタンに騙され、無力になり、聖霊の熱さと喜びを失った多くのクリスチャンがいます。
私達は絶えず聖霊によって熱く祈り、いつもキリストの栄光の姿を仰ぎ見て、私達に与えられたゴールを目指して走りましょう!
救われる前の過去の生活に逆戻りすることがクリスチャンのゴールではありません!
私達の心と行動のすべてがキリストに似た愛の人になること!これがゴールです。

【ヘブル人への手紙が書かれた背景】

ヘブル人への手紙は過去の生活に逆戻りしつつあるクリスチャンに宛てて書かれました。ヘブル人とはユダヤ人でクリスチャンになった人々を指します。
ユダヤ人と非ユダヤ人を問わず、過去の生活に逆戻りするサタンの誘惑はあります。
ユダヤ人が陥った過ちは、キリストを信じるだけで救われる福音から後戻りして、律法と行い、儀式による救いの宗教に後戻りする過ちでした。
その直接の原因は迫害にありました。
キリストを認めないユダヤ人がクリスチャンになったユダヤ人を迫害したのです。
迫害があまりに長く激しく、執拗なため過去のユダヤ教に後戻りする者が現れたのです。彼らは迫害の苦しさから逃れるため、キリストの神性を否定する言い訳を考えました。

その一つがイエスは偉大であったが御使い、天使の一人にしか過ぎないと言うものでした。またイエスよりもモーセの方が偉大である。イエスよりもヨシュアの方が、アロンの方が偉大である。ユダ族から出たイエスが大祭司であることはあり得ない!
彼らは救いを成し遂げたキリストを否定して、キリストに導くための役割しかないユダヤ教に後戻りしてしまったのです。それに対する弁明がヘブル人への手紙の内容です。
1:1 神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、

確かに神は御使いを通し、モーセ、ヨシュア、アロンを通し、また律法や神殿を通して救いの道を示して来た。しかし、それらは完全な救いをもたらすキリストを前もって知らせるための案内にしか過ぎない、完全な救いはイエス・キリストにある!

1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。
1:3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現われであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。
1:4 御子は、御使いたちよりもさらにすぐれた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。

今の終わりの時に、救いについて語られるのは救いの業を成し遂げたイエスである!
そしてイエス・キリストこそ、天地を造られた唯一の神であり、モーセを始めすべての預言者も、天使もキリストの影にしか過ぎない!
それ故、イエスの神性を否定して、イエスの影にしか過ぎないユダヤ教に帰ることは愚か以外の何者でもないことを語っているのです。

【キリストの神性を否定することが堕落の始まり】

これらの事から古い生活への後戻り、それが罪深い生活であっても、それよりは高尚な宗教であっても、その始まりはキリストの神性を否定することから始まることが分かります。

堕落への誘惑がサタンや迫害にあっても、キリストを神とし、人生の主とするなら私達は過去の生活に後戻りすることはありません。
しかしキリストが主であり神であることを認めないならば、私達の生活が堕落するのを防ぐ事は出来ないのです。
あらゆる偽りの宗教はキリストの神性を否定する事によって生まれました。
モルモン、エホバの証人、イスラムもキリストを預言者として認めても神とは認めない。
これらの宗教は人をサタンの奴隷にとどめ、罪に対する勝利を与えることは出来ません。

【キリストを何時も、あらゆる面において神とし、主としているか?】

このユダヤ人クリスチャンの過ちから私達は何を学ぶことが出来るでしょうか?
もちろん私達の中には誰もイエス・キリストの神性を否定する者はいないでしょう。
しかし、それは時に頭の中だけであったり、神学においてだけの場合があります。

問題は心の思いと生活すべてにおいてキリストを神とし、主としているか?なのです。

私達は実際の生活において多くの面で、キリストよりも自分の意見が正しいと思っているのではないでしょうか?
イエス様は家庭のことや仕事については何も言わないだろう!
そんなことはありません!イエス・キリストはあらゆる面において神であり主です!

夫婦において、家庭において、仕事において、あらゆる面でキリストが神ですか?
それとも自分が神であり、すべてを自分の考えだけで決めてきましたか?

1:2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。

私達に語られているキリストの声を、私達は絶えず聞いているでしょうか?
キリストは聖書にあって語られ、聖霊にあって語られているのです。

今までキリストの主権を認めていなかったあらゆる部分に主を招き入れて下さい。
皆さんの家庭、仕事、人間関係あらゆる部分をキリストの御言葉の上に建て上げましょう。それがあらゆる面においてキリストを主とし、神とすることです。

人生の優先順位の一番目はキリストです。キリストが主であるならそこには成長があります。解放があり、命があります。喜びと平安があります。
キリストを主とせず、自らを神として握りしめている部分には平安がありません。
絶えずあせりと苛立ち、不安と恐れでいっぱいです。
私達はキリストに委ねない部分があるならば、その部分の奴隷のままです。